いわゆる「電子カルテ」の運用を開始して

 

宮島 孝直
津山中央病院システム開発室

                


            

1. 始めに

当院は1999年12月に新築移転を済ませ、それと同時に外来・入院とも全面的な電子カルテ運用に入っている。当院が電子カルテ化を企図して約2年半であるが、その間には電子カルテに関する法的な整備も進み、昨年4月には一定の条件下で自己責任を明確にすれば診療情報等を電子保存しても差し支えのない旨の厚生省通達が出るに至っている。法的整備がかなったからとはいえ、電子カルテ化はいわば病院業務の抜本的刷新であり、病院内での運用についての充分な議論や準備が進まない限り決して成就するものではない。ここでは当院がどう考え、何を指向して現況の「いわゆる」電子運用に移行したかについて述べる事とする。

 

2. 現存する大半のオーダリングシステムの問題点 

 まず当院が新築移転するに当たっての準備として、一般論としてのオーダリングシステムは必要であろうという議論が惹起された。しかしながら我々が参考としたオーダリングシステムを導入している殆どの医療機関において、少なくとも医療現場サイドからはオーダリングを導入したメリットを感じとる事はできなかった。むしろ、医師の側からはやっかいで面倒なものというnegativeな声しか聞こえてこなかった。その意味を検討するにある結論に達した。

 つまり、現況オーダリングシステムと呼ばれるものは主としてオーダーエントリーシステムであり、発生源である医師や医療従事者から直接オーダーを発生せしめる事によってスムーズに課金が行われる事に主眼がある。従って医師や医療従事者にとっては、単に作業量が増えるのみで便利さを実感する事はできない事が多い。勿論、課金漏れの防止や、オーダーの傾向の把握や統計が医療機関にとって重要であるという総論には皆賛成な訳であるが、それにしても実際の医療行為の中でそのいわば「余分」の労力を強いる事は現実にはとても難しい。

 昨今のオーダリングの状況を鑑みるに、このような状況は徐々に改善されつつあり、特に臨床検査等の閲覧に関しては医療情報そのものを医療従事者側にfeedbackし得るシステムを実現しつつある。しかしながら、オーダリングという範疇にとどまる限り、globalな意味での医療情報のfeedbackは実現できないと考えた。医療従事者にオーダリングをお願いする見返りに、種々の医療情報そのものをfeedbackできるシステムを実現する必要を感じ、その実現こそが電子カルテ化につながると判断したのである。

 

3. 院内のコンセンサスとして

 まず一番大きな前提として、電子カルテ化を計るに際してはkeyboardの使用が大前提であるというコンセンサスを求めた。データの再利用性を計るにあたってはそのデータが手書き等の「絵」ではなくキャラクタデータである必要があり、種々の入力は原則としてkeyboardから行われる必要があるという説得を行った。医療従事者にも色々の方がいる事は理解するが、兎に角keyboardだけは使えるようにしていただきたいという前提を設けた。この前提には種々の異論も差し挟まれたが、強い意志を持ってその準備に当たった。

 勿論、医療情報として簡単なシェーマや手書きの図が大きな意味を持つこともよく理解しており、実際我々の使用している電子カルテシステムにおいてもそのような手書きは簡単に実現できるような構造となっている。しかし、結局は凡てを手書きで済ませる事は不可能で必ずkeyboardとつきあう必要がある事を前提としたのである。

 

4. 導入前に準備、訓練として

 電子カルテ化を決定して直ちに、上述のkeyboard使用に耐えるように職種に関係なく、600人余の全職員に対するコンピュータ講習、ワープロ講習を遂行した。この準備によって少なくともコンピュータに一度もさわった事がないような職員はなくする事ができた。

約2年後の全面電子化を前提として、旧施設に簡易ネットワークを張り巡らせてPCを強制的に配備して種々の業務を五月雨式に電子化していった。又、internet環境やe-mail環境も全職員に対して開放した。この当時は電子的に保存される医療情報はごくわずかであったのでsecurity上は大きな問題は生じなかった。又、internet開放に関しては経営側から就業効率の低下等の懸念が出たが、実際には約2ヶ月程度でそのtrafficは平低化しモラルにはずれるような運用はなくなった。E-mailに関してはkeyboard文化への導入として奨励し実際その為に寄与したと考えている。

 又、看護管理日誌や入退院名簿、退院時要約といった比較的小規模なデータベースから導入を開始し、一定の周知期間をおいた後院内の定例業務として定着させた。その結果徐々にではあるが、院内業務の電子化が成就され、ネットワークを介してデータベースを使用する事が如何に便利であるかを具体的に示す事が可能であったと考えている。

 さらに、部分先行導入として自動血液分析機からの臨床検査結果のWWWによる自動閲覧システムを実現した。この結果PCのある場所からならどこからでも患者の検査結果が閲覧できるようになり、検査に対する判断を早める事ができた。同時に検査科に対して従来電話で行われていた検査結果の照会が殆ど皆無となり、就業効率を著しく向上させる事ができた。このような下準備によってネットワークの利便性やコンピュータ使用のmotivationを院内全体として高めていく事ができたと考えている。

 

5. カルテという言葉の示す範囲

 カルテという言葉は種々の意味合いで使用され、医療情報のどこまでを呼ぶのかが判然としない。この定義については一定の結論が出ておらず、従っていわゆるカルテのどの部分までを電子的に運用すると「電子カルテ」と呼びうるのかもはっきりしない。これはいくら議論しても一定の結論には達しないと判断し、当院で現況としてカルテとして流通しているものの電子化を目指す事とした。電子化しても医療業務内容そのものが大幅に変質する事はないという判断で紙によって運用されているものは原則凡て電子化する必要があると考えたのである。

 

6. 手書きや図の処理

 前述した如く、種々の電子化を図るに当たってkeyboard使用が大前提である事は間違いないと考える。しかしながら、通常運用されるカルテにおいて果たしてkeyboardだけでその記載が完結できかという点に対しては甚だ懐疑的である。紙のカルテにおいては医師はしばしば簡単な図を描く事によって合理的に医療上の事象を記載している。この事を全く不可能としてカルテ記載を求める事は少なくとも一般臨床医にとっては相当に難しいと結論した。従って当院稼働中の電子カルテにおいては、手書きの図やシェーマも簡単に記載できる構造を留保している。さらにはブラウザによって閲覧される種々の医療画像情報も簡単にカルテに対してドラッグ&ドロップできる仕様となっている。例え部分的にせよ電子化を遂行する事が肝要であり、医療上のカルテ記載の内容までも制限してtext化を強引に遂行する事はかえって一般臨床医の反発を招くので得策ではないと判断した。

 当院で施行したアンケート等によっても、少なくともカルテ記載を完全にtextのみで行うという事への賛同は得られなかった。 

 

7. 電子カルテ化はペーパーレス化か?

 電子カルテ化を計る大きなmotivationの一つとしてペーパーレス化が歌われるが、その点は非常に疑問である。勿論、不必要な紙を削減する事は医療業務においても必要な事と考えてはいるが、紙をあまりに制限してしまう事は運用面において非常な齟齬を生じる。当院における状況を鑑みても、電子化すなわちペーパーレス化ではないと断言できる。むしろ紙の特質を生かすべく運用上必要な部分では積極的に紙を使用する方が遙かに円滑な運用が可能となる。

 又、他院からの紹介状や、患者やその家族の押印が必要な承諾書等の書類はもとより電子化する事は不可能である。このような「必然的に」残存する紙の書類の運用まで含めて初めて病院内での電子化が有意義となると考えている。

 

8. 紙の特質

 紙の使用には二つの大きなメリットがあると考えている。一つは自由にどこででも書き込みのできるデバイスとしての紙である。救急業務をはじめ、急性期疾患の診療においてはコンピュータに向かって作業ができる場合ばかりではない。オーダー行為にしてもしばしばの変更が日常茶飯事であり、これを無理に電子化する事は医療業務そのものを阻害する恐れすらある。病棟業務においてもワークシートをプリントアウトしてそこに種々の変更やオーダーとも言えないような細かい事象を記載していくほうが遙かに現実的である。このような特質を無視したペーパーレス化は決して得策とは言えない。

 もう一つの大きな特質として何のツールも必要としない究極の保存メディアとしての紙である。電子機器やメディアの進歩により電子保存も充分に信頼のおけるものとなりつつある。しかしながらいくら天文学的金額を費やしても事故の確率が減少するだけで決してゼロにはならない。さらには全面的停電や大災害の際にはインフラとしての電力はもとより期待する事はできず、いくら完璧な電子保存を遂行していても全く無意味となる。一定の範囲の紙のバックアップを有する事は、そのような危機に対しての準備としてはそのコストとしても効果としても充分に意味があると考えている。例え厚生省通達で完全に電子保存が可能となっても、こうした最低限の紙のバックアップを保持する事は医療機関の良心として必要ではなかろうか?ただし、これは長期保存としての紙の効用であって現実にこれを運用するか否かは全く別次元の話である。

 こうした紙の長所に反しての大きな欠点は同報性に欠ける点と運用が非常に面倒になる点である。医療においてカーボンコピーが頻用されているのはその欠点を補う一つの方策ではなかろうか?

 

9.当院における電子化

 当院における電子カルテ運用は前述した「残存する」紙までを含めたtotalな電子運用を施行している。無論、電子的に作製された種々のデータは電子的に運用する。この事はそれなりの運用の合理化をもたらす。しかし問題は残存する紙の運用である。これに対して明確なvisionを持てないと、電子運用と紙の運用の二重運用に陥り、かえって混乱をきたす可能性さえある。従って一旦電子運用するとするならば、できるだけ電子運用に統一した方が円滑な運用が望めると考える。必然的に残存する紙の情報に関してはできるだけリアルタイムにスキャニングして電子的に閲覧する運用とした。しかも電子情報に対してもスキャニング情報に対しても同一のフォーマットを使用する事により、これらの半ば相反する情報群をシームレスに運用する事を可能とした。従ってあらゆる情報はPC上の単一のビューワーで運用可能となっている。(これを我々は電子カルテと呼んでいる。)

 しかしながら、厚生省通達によっていわゆるスキャナによる電子保存は認められない旨の指針が存在する。現状のカルテの中に多くのいわゆる「コピー」が使用されている事を鑑みるに若干の異論もあるが、この通達に関しても必ずしも電子的運用を不可とするものではない。従って当院での運用としては、残存する紙情報はスキャニングして電子的運用は施行するが、保存はそれとは別次元で法的に必要な期間施行する。紙の情報は電子的に運用はするが保存は原本保存とする。電子的に発生する情報に関しては適宜紙へのプリントアウトを作製しそれを長期保存にも当てる。こうする事によって必ずしも電子保存に対して厳重なバックアップを用意しなくても充分にリスクを回避できると考える。

 

10.過去のカルテの遡及について

 電子カルテへの移行を決めたとしても、全くの新設医療機関は別として過去のカルテの遡及の問題は必ず存在する。ある時日をもって電子カルテ運用に移行するとしても、それ以前の紙で運用されたカルテは必ず存在する筈である。その運用を含めた議論を尽くしておかないと周移行期に大きな混乱をもたらす。当院にては数年前より、過去カルテの電子スキャニングを前もって施行しておき、上述の電子カルテからシームレスに閲覧可能なシステムを準備した。この事によって過去のカルテの閲覧を非常にスムーズに行う事が可能であった。その他にも患者属性、病名披瀝等の遡及が必要であった。この為には新旧のシステムをある程度の期間併走させてこれらのデータの整合性をとる必要があった。

 

11.病診連携について

 当院のみが電子化を成就しても必ずしも電子的な病診連携がはかれるものではない。この為には当院独自の電子保存を施行するのみでなく、当院での医療情報、特に患者属性等の基本情報を一定の通信規約によって送出できる体勢を確保する必要がある。現況ではこのような医療情報交換のformatに関してはMMLが最も適しており、実際その普及がはじまりつつあると感じている。当院の議論ではMMLにて医療情報凡てを記載する事は必ずしも妥当でないにせよ、医療情報交換の手段として当院のデータベース形式を常にMMLを意識した形に整えておく必要があると判断している。強調するがMMLにて通信し得る医療情報というのはいわゆる診療情報提供書や退院時要約等の医療情報のサブセットで、医療情報の凡てをMMLに集約できるとは考えていない。それはあくまで医療情報のサブセットであり、原本としての保存には適さないと考えている。病診連携、病々連携は今後の大きな課題と考えている。

 

12.当院で稼働しているシステムの概要

1) フルオーダリングシステム(医事会計システムを含む)

2) E-karute(いわゆる電子カルテシステム;病棟、外来、救急共)

3) レポートシステム(放射線科、病理、細菌、内視鏡、エコー等のレポート)

4) PACS(DICOM適合;将来のフィルムレスに向けて)

5) Mini-PACS(参照画像をPACSより作製し、HIS系一般に送出)

6) 薬剤情報システム

7) 看護管理システム(看護記録、病棟管理、温度板等;カルテシステムより閲覧可)

8) 給食システム

9) 手術室システム(手術予約、アレンジ等)

10)患者呼び込みシステム

11)看護勤務管理システム

12)無線LANによる回診システム

 

13.今後の課題

 前述の如くMMLないしそれに相当する医療情報通信規約については充分情勢を見極めて当院のシステムをそれに準拠する必要を感じている。今後は物流管理システム(SPD)との連携も視野に入れ、オーダリング部門でのコスト把握をさらに充実させて行きたい所存である。さらにはフルオーダリングによって得られる各種統計資料、経営情報の分析を充実していく必要性がある。またこれらのデータベース分析をベンダー任せにするのではなく、医療機関自身で施行してさらに活用する体勢を作りたいと考えている。

 

14.まとめ

 当院がいわゆる電子カルテ運用を開始して約6ヶ月が経過している。種々の混乱に遭遇しいまだ完全に完成した電子カルテシステムとは考えていない。前述の如くあまりにも電子的運用に拘りすぎる事への危険を感じている。究極の所では医療の原点はHuman Communicationであり、それを逸脱して無機質なシステムになっていく事を常に警戒するべきと考えている。  

 


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