1. 医療保険財政の逼迫が情報化を後押し
日本の国民医療費の57%は、被保険者や事業主が納める保険料で賄われている。ところが、慢性赤字体質の国保に続いて、かつて国鉄、食管会計(コメ)と並んで「3K」と問題視された"前科"がある政管健保が93年度から、大企業中心で最も懐が深い組合健保まで94年度から、赤字に転落している。いずれも、民間企業のリストラによる人員減や賃上げ抑制で保険料収入が伸び悩む一方、70歳以上の高齢者医療を賄う老人保健制度への拠出金が急増しているためで、明らかに構造的赤字である。
政管健保と一部の組合健保で懸念された支払不能リスクは、社保被保険者本人や老人の自己負担引き上げ、政管健保の保険料率引き上げを骨子とする97年度医療保険改革案にメドがついたことで、当面は回避できそうである。しかし、この効果はせいぜい3年しか持たない。
保険料の半額以上を負担する企業が、保険料率の再引き上げに抵抗することは必至である。日本経営者団体連盟の「福利厚生費調査結果報告」から試算すると、95年度の日本企業の福利厚生費込みの1人当たり人件費は、現金給与を100とすると126となる。これは、米国労働省統計を同一基準で計算した時の水準をやや上回っており、国際競争力維持を考えると、際限のない保険料率上げは許容できまい。
収入増を期待できなければ、支出を絞るしかない。医療費の「適正化」である。当然、「適正」水準を客観的に評価するための分析枠組と、治療プロトコルおよびアウトカムに関するデータが必要になる。医療保険制度改革の動きの中で、医療データの蓄積・公開や、情報通信技術の活用が強調されるようになったのは、そのための情報インフラ整備と考えられよう。いまや、国と保険者は、医療スタッフ以上に、診療・情報系システムの普及を待ち望んでいるのである。
2. 管理医療組織の圧力により情報化が進む米国
既に米国では、管理医療組織が医薬品や医療機関等を選別し、保険リスクを管理するうえで、診療・情報系のシステムが大きな役割を果たしている。病院、医師、外来専門機関、在宅医療機関などの側も、管理医療の圧力に抗するため、M&Aにより「規模の経済」を追求すると同時に、情報化による質の向上、コスト管理強化、アカウンタビリティ確保を図っている。情報システムを活用する中から、慢性疾患患者の病状進行を管理する疾病管理プログラムの開発などの新サービスも登場してきた。
証券会社の調査レポートでは、米国のヘルスケア関連情報システム市場は、機器、ソフトウェア、サービス(保守管理、導入研修など)を合わせて、95年には100億ドル規模に達した、というのがコンセンサスとなっている。端末の低価格化で、既に機器の構成比は10%強へ低下したと推測される。
市場全体は、ソフトとサービスの牽引により、今後も年率15%前後の高成長が期待されている。国民医療費に対する情報システム費用の比率は、現在の1%強から、他産業の売上高情報システム費率並みの3〜4%へ上昇していく、という強気の見方が多い。成長分野も、病院システムでは診療支援、保険者システムでは医師プロファイリング、医師システムでは電子カルテなど、より診療・情報系にシフトする見込みである。
市場の拡大は、医療機関や管理医療向けに特化した情報システム・ベンダーの台頭につながっている。高成長を遂げ、新規株式公開に漕ぎ着ける企業が増加しており、「ハイテク・ヘルスケア」とも呼ぶべきサブセクターが形成されつつある。
戦略としては、パッケージ製品を中核に、運用サービスを含むSI(Systems Integration)を提案するケースが目立つ。システム構成としてはクライアント・サーバ・システムを採用し、WindowsNT、リレーショナルDBなどの標準規格に準拠する製品が主流を占める。規模拡大あるいは総合化をねらったM&Aも活発である。
3. 日本はオーダリング・システムの離陸から
日本でも、「ハイテク・ヘルスケア」の事業機会は、医事会計システムや検査・薬剤などの個別部門システムから、より診療・情報系へシフトしつつある。その一番手が、オーダリング・システムであり、その延長上には電子カルテが控えている。
オーダリングの導入メリットとしては、@レセプト請求漏れの減少、A会計、薬剤などでの患者の待ち時間短縮、B医療機器稼働率の向上、C人員増なしでの業務増対応、D診療の質の向上、Eインフォームド・コンセント、F医師別、患者別の原価管理、収益管理データの蓄積、などが挙げられる。「月刊新医療」96年7月号によると、プロジェクト進行中を含めて、導入病院は389カ所。一般病院総数に対して、5%弱の普及率である。
設置主体別では、大学病院が突出しており、公立病院が続いている。カスタム・システムの受託開発方式のため、導入に数年かかり、ソフト、ハード、工事費を含めた投資総額が10億円以上かかったケースが多い。
しかし、ここに来てハードの進歩、ダウンサイジングに伴い、低価格化が急速に進み始めている。ホスト・システムからクライアント・サーバ・システムへの移行、オープン化が追い風である。WSさえ使わず、PCサーバを採用したWindowsNTベースの構成も出てきた。また、個別システムの受託開発でノウハウ、経験が蓄積され、パッケージの標準化も進んできた。
最近は、投資総額が100床当たり1億円を切る導入例や、ソフトのみ1億円で端末数百台規模のシステムを提案しているベンダーも見られる。このため、建替のみならず、既存の医事会計システムの5年リース切れ、または6年償却完了を機に、導入を検討する病院が増加しつつある。次期医療法改正で「地域医療支援病院」が制度化される点を考えると、市場の裾野は200床以上の一般病院2,260カ所まで広がっていこう。現状はむしろ、ベンダー側がカスタマイズ要員不足で対応し切れていない感が強い。
5. オーダリング市場は2000年1,800億円へ
本格的に普及するうえでは、オーダリング・システムの単価は、どの程度になるだろうか。現状では、情報システム費用は多くても医業収入比0.5%程度といわれているが、オーダリングの導入メリット、情報化対応の必要性を考えると、1.5%(国公立病院は2.5%)程度まで上昇すると見たい。九大病院が推計した国立大学病院の"電算機賃料/年間医業収入"は、ベッド数が多く、高度かつ総合的なオーダリングを導入した大学病院で3〜4%、それ以外の大多数では2%前後であり、先の目標は不可能な水準ではないと考える。
1.5%あるいは2.5%をメドにすると、導入単価は、大規模病院の多い国公立、公的では概ね100床につき1億円程度、私立病院では200床クラスで1.5億円、300床クラスだと2億円程度が目安となる。
この単価前提で、既存の医事会計システムの更新が一巡する2000年までに、200床以上の全一般病院2,260カ所、200床未満の国公立、公的、私立学校法人、会社病院合計824カ所が導入すると想定すると、2000年のオーダリング市場は1,800億円と試算された。ストックベースでは9,000億円市場である。95年を390億円と見なせば、年率36%成長となる。年間保守料は、稼働中の累計投資総額の5%と仮定して、95年の100億円から、2000年270億円になろう。
6. 電子カルテへの進化
オーダリングは遠からず電子カルテへ進化していく。現時点でも、レセプトには不要だが、診療・患者データとしては必要な情報を大量にカバーするようになっており、大きく欠落している要素としては、所見・図などの自由記入と画像データなどに絞られてきた。これらについても、ペン入力の精度向上、DICOM規格の普及や参照画像用ビューワの部品化、旧型モダリティ用低価格コンバータの登場などで、技術的、コスト的な制約は小さくなりつつある。既にMEDIS-DCのフィールド医療機関12カ所では、プロジェクトが始動している。
疾病名やデータ形式の標準化、改竄防止のセキュリティ規格の整備など、かつてネックと指摘された点も、確実に前進している。つれて、医師法の「記載」要件の法改正も見えてきた。 2000年まではオーダリングの浸透期、それ以降は電子カルテ移行が始まり、2005年には新規・更新のすべてが電子カルテになる、という楽観シナリオを考えたい。
電子カルテの単価については、導入効果、医療保険制度改革の圧力、米国の情報化費用負担の楽観シナリオ等から、医業収入比で、オーダリングより1%ポイント高付加価値化すると想定する。国公立で3.5%、公的と私立で2.5%の水準である。
導入対象は、200床以下の私立を含めて、全病院とした。ただし、200床以下の医療法人病院と個人病院については、一般病床の「社会的入院」の見直しの影響を受けることを考慮し、施設数で半減すると見た。この前提で、2005年の電子カルテ市場は年間3,400億円を見込む。ストックベースでは1.7兆円である。年間保守料は累積投資総額の5%として500億円となる。
電子カルテは、診療・情報系システムの基盤だけに、一般診療所も市場化を期待できる。レセコンに代えて、診察室と受付にPCを設置する形式である。単価がレセコンの倍の500万円となっても、院長所得を含めた平均医業収支が年間2,500万円以上ある現状では、吸収可能と思われる。ベンダー側から見ると、カスタマイズ抜きの真正パッケージ製品が可能なセグメントであり、関心は極めて高い。
また、純増率こそ1.5%程度だが、新規開業率は4.5%(廃業率が3.0%)前後で推移しており、導入対象数が安定成長している点も魅力的である。現在の趨勢が続けば、2005年には、電子カルテの導入対象となる一般診療所は75,000カ所を超え、ストックベースで3,800億円、フローベースで750億円程度の市場を予想する。保守管理の有償化も可能だろう。
7. ホストメーカーの独壇場から独立系システムハウスとの棲み分けへ
既存の389カ所のオーダリングの実績では、ホストメーカーが78%と、圧倒的なシェアを誇る(件数ベース)。しかし、90年代後半に入ってからは、独立系未公開企業を中心とするシステムハウスのシェアが上がってきている。
独立系システムハウスはSE人件費、本社経費等のコスト単価が相対的に軽く、ホストやハード機種にこだわらないSI型ソリューションの提案が可能である。しかも、将来のパッケージ化のための研究開発として、第一号案件は赤字覚悟で受託開発する場合が多い。今後も、独立系システムハウスが中小病院案件を獲得するケースは増えていこう。
技術的には、一様に、ホスト時代の蓄積を捨て、標準規格準拠、ネットワーク対応重視などを打ち出している。オープン・システム移行が始まった3〜5年前に、ホスト系システムをクライアント・サーバ・システムへ移植した企業が多い。
販売面では、ヘルスケア関連の各種メーカーや輸入商社、流通業と組むケースが散見される。周辺セクターの側も、オーダリングや電子カルテへの関心は高い。
悩みは、資金繰りと人材不足である。財務的には、開発的な受託案件の経費を繰り延べ、実質純資産に余裕がないケースが目立つ。パッケージ製品とはいえ、棚卸資産への計上と売上原価への繰入について、明確な基準を設けている企業も限られる。人材的には、電子カルテへシフトするための先行開発と、オーダリングのカスタマイズ案件の同時進行が重荷となっている。苦肉の策として、ヘルスケア分野の業務知識はない上級SEを豊富に抱える大企業の情報システム子会社と提携し、共同受注をめざす例も見られる。
一方、ホストメーカーは、低価格パッケージ投入を試みてはいるものの、ホストあるいはハードへのこだわりが強いように見える。また、ホスト時代の協力会社政策により、ノウハウが本体と各地の協力会社に分散しているとも言われている。このため、当面は、カスタム化ニーズと受注金額のバランスが合う大規模病院案件に重点を置き、独立系システムハウスとは棲み分けが可能と思われる。
逆に、ホストメーカーが本格的にSIへシフトする場合は、独立系システムハウスとの境界はなくなる。これは、ホストメーカー社内での医療情報システム部門の位置づけに依存しており、電子カルテの裾野の広がりをどう見るかに左右されよう。
独立系システムハウスの中でも先行企業は、オーダリングの量販、更には電子カルテへの参入をねらって、以下の3つの戦略パターンのいずれかを取っている。
第一は、医事会計システムでのノウハウ蓄積、安定収益を生かし、まずはオーダリングを製品化するパターンである。レセプト作成や原価管理に必要なデータとその形式、各部門間の情報の流れ、レセプト請求洩れの原因を熟知している点が強みとなる。ユーザーが5年リースの更新期にオーダリングへの乗換を検討する場合、医事データ移行の安全性から見て第一候補となる点も有利といえよう。
ハード抜きで低価格路線を徹底する企業、独自の専用機器とのセットで、医事業務の効率化に重点を置いて提案する企業もある。また、診療所向け電子カルテを睨んで、あえてレセコンに進出する構想も見られる。ネットワーク指向、標準準拠など、従来のレセコンや医事会計システムとは逆の提案である。
第二は、検査、調剤、看護など、医事会計以外の部門システムでのノウハウ、ユーザーストックを生かして、オーダリングを製品化するパターンである。とくに検査、看護はサブシステムの中でも大規模であり、既に部門内LANへ移行している。クライアント・サーバ・システムのパッケージを100カ所以上に納入し、現実に運用している実績、経験は貴重といえよう。逆に、SI指向の企業が、検査、看護を中核サブシステムとして自社開発する場合、部門システム専業では弾き出される可能性は否めず、防衛のための攻勢という意味合いもある。電子カルテまで発展させ得るかは、オーダリングへの取り組み姿勢に左右されよう。
第三のパターンは、ニッチ分野への特化である。とくに介護・福祉分野は、2000年の新ゴールドプラン整備目標に向けて補助金が付き、システム導入を見込める特別養護老人ホームと老人保健施設の整備が急進展している。「社会的入院」の受け皿となってきた中小一般病院についても、特養、老健向けの介護統合システムの延長上で対応できる可能性がある。この場合、発展の方向は、電子カルテよりも、医療・保健・福祉の地域統合ネットワークとなろう。
画像システムも特異なニッチ分野である。電子カルテ普及時の画像のデジタル化に照準を当て、国際標準対応を意識したデバイスやシステム、ソリューションを低価格で提供する試みが散見される。オーダリング、電子カルテのベンダーにSI部品として提案する企業も出てきた。画像は言語の制約を受けないだけに、海外市場開拓を志すケースが多い。
日本においても、これらの独立系システムハウスが新規公開を果たし、「ハイテク・ヘルスケア」セクターを形成することを期待したい。
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両備システムズ | 岡山県 | 6,289 | 329 | 行政システムと医療システムの2本柱。オーダリングと地域福祉システムを展開。 |
ハルク | 北海道 | 1,323 | 11 | 当初からオープン・システムのオーダリングを提案。ホスト離れへ。 |
エムアンドシー(M&C) | 東京都 | 1,204 | 10 | コンサルティング重視。カルテ保管等の専用機器も提案。電子カルテに意欲。 |
ソフトウェア・サービス | 大阪府 | 250 | N.A. | ハード抜きの低価格オーダリング。電子カルテ、画像の製品化を計画。 |
コスミック | 大阪府 | 740 | N.A. | 富士通の医事会計ディーラーからオーダリングを独自開発。 |
日本ボス研究所 | 東京都 | 191 | N.A. | ネットワーク指向の診療所レセコンの事業化を計画。電子カルテ進化も視野。 |
アボック西村 | 宮崎県 | 932 | N.A. | 電子カルテと画像システムを開発。米国製電子カルテの輸入にも関与。 |
シスネット | 京都府 | 205 | 2 | データ、音声、画像を統合処理するCTI製品メーカー。電子カルテでコンサル。 |
橘電気 | 東京都 | 1,719 | 173 | NTT系協力会社から検査システムへ多角化。PCサーバ・オーダリング。 |
高千穂電機 | 宮崎県 | 2,141 | N.A. | 電子部品協力会社から看護支援システムへ多角化。オーダリングに意欲。 |
ケアコム | 東京都 | 5,021 | 152 | ナースコールから看護支援システムへ進出。オーダリングにも関心。 |
ワイズマン | 岩手県 | 890 | N.A. | 特養、老健向け統合パッケージ。療養型向け看護支援システムも開発。 |
エプソンメディカル | 大阪府 | 1,511 | 207 | 調剤薬局向けレセコンのPC移植で先行。 |
ジェイマックシステム | 北海道 | 570 | 90 | 医用画像のSI提案。オーダリング端末向けビューワをSI部品化。 |
アクセス | 岩手県 | 198 | N.A. | 医用動画像のSI提案。国際標準準拠の低価格システム。 |
(注)売上高、経常利益/申告所得は、95年度決算期ベースで百万円単位。
(出所)ヒアリング、帝国データバンク資料等より野村證券金融研究所作成