松村泰志1)、武田 裕1)、岡田武夫1)、桑田成規1)、中沢宏章2)、羽澄典宏2)
1)大阪大学医学部附属病院医療情報部、2)日本電気医療システム事業部
電子カルテでは、現在、紙のカルテに医師が記載している内容を、いかに簡単かつ迅速に、コンピュータに入力できるようにするかが重要な鍵を握っている。また、登録されたデータは、後で解析できるように構造化されている必要がある。我々は、システムが提示する項目に対し、値を入力する方式、いわゆるテンプレート方式でデータ入力する仕組みを試作している。今回、このテンプレートを中心とした入力部の基本構造について紹介する。
2.データ登録部の構造(フォーム、テンプレート、アトム)
患者の状態を記述する際、記述単位を定義し、これを項目と呼ぶことにする。項目は、それを構成する細項目が分離して記述されることがまれである記述単位とする。具体的には、胸痛、息切れ等の症状のそれぞれに、また、身体所見の場合は、血圧、脈拍、心音等のそれぞれに対応する。血圧の場合、収縮期血圧、拡張期血圧があるが、これらは、常に組みとして記述され、分離して記述されることはまれであるので、血圧を1つの項目とする。我々は、この項目に関するデータを入力するツールのことをテンプレートと呼んでいる。すなわち、項目とテンプレートは、1対1対応している。 ユーザが1回の診察の時に、毎回複数のテンプレートをそれぞれ選ばなければならないのは面倒である。そこで、これらのテンプレートを複数種組み合わせる仕組みを持たせ、この組をフォームと呼ぶことにする。フォームは、更にフォームを包含することができる。専門別により、また外来、入院の別により異なるフォームを形成し、そこに頻回に利用するテンプレートを包むようにする。症状等の場合、様々な訴えが有り、多くの種類のテンプレートが作成されることになる。フォームでは、複数のテンプレートから、入力したいテンプレートを選択するための階層構造も表現できる。各医師の入力内容の多様性は、このフォームの仕組みにより吸収し、一方で、同じ内容の入力項目に対してはできるだけ一つのテンプレートで対応させ、登録されたデータの統一性をとることを考えている。例えば、血圧のテンプレートは、様々なフォームで利用されると予想されるが、これらのフォームで、同じ血圧のテンプレートが使われていた場合、入力されたデータは、同じ項目に対するデータとして統一して扱うことができる。
テンプレートは、複数の細項目と値の組で構成される。この細項目をアトム項目、値をアトム値、アトム項目とアトム値の組を総称してアトムと呼ぶことにする。例えば血圧の項目には、収縮期血圧、拡張期血圧、測定条件のアトムが存在する。この場合「収縮期血圧」は、アトム項目であり、例えば「162mmHg」はアトム値である。アトム値の入力は、選択入力とテキスト入力がある。選択入力の場合、複数選択不可の場合は、ラジオボタンまたはコンボボックス、複数選択可の場合は、チェックボタンまたはリストボックスで選択枝を表示する。更に、クリッカブルマップを張り付けることも可能とする。テキスト入力部には、ユーザが以前に登録した文から選択、編集できる機能も備えている。
アトムは項目内で並列的関係だけでなく、あるアトムが他のアトムにより修飾される階層的関係を持つことがある。例えば、心音の項目は、I音、II音、過剰心音、心雑音のアトム項目からなるが、ここで心雑音の値として、全収縮機雑音が選択されると、雑音の強さ、最強点などのアトム項目の入力が促される。アトムの階層構造の中で、同じレベルのアトムを同時に表示し、修飾関係にあるアトム項目は、修飾されるアトム値が入力された後に表示する。複数選択可の項目のアトム値に対しては、それぞれ修飾するアトムは、選択された修飾されるアトム値を表示し、その下に修飾するアトム項目を表示している。このようにテンプレートは、入力された値によって次に入力する項目が変化する仕組みを持つ。同一階層のアトム項目を同時に表示することにより、ユーザは、入力したい項目を選択してデータを登録することができる。これにより詳細な入力と簡略化した入力が同時に可能となる。診療録の記述の中で、あるアトム値を更に詳しく記述することは頻回にあり、このよなテンプレートの動的制御は、Clinical Templateに必須の機能と考えられる。
3.過去データの継承
通常、初診時には、個々のデータを詳しく記録するが、再診時には、前回との変化の有無の確認に重点が置かれる。このような、項目値の時間的変化に視点を持つことは、単に、入力を簡略化させると言う意味だけではなく、患者の病状を把握するためには、極めて本質的なことである。
本システムでは、再診時の記録の場合、「前回の記録」フォームを選択することができる。このフォームには、前回登録に利用したテンプレートが表示される。初回入力時と、前回の記録を継承する場合で、入力すべき項目が変わることがある(例:発症日時)。また、アトム毎に、前回のアトム値を継承されることが基本となる場合(例:心雑音)、継承されない場合(血圧値)がある。本システムでは、前回の記録を継承する場合、初回入力時とテンプレートのアトム項目を変えることができる。また、アトム毎に、前値を継承させるか否かを指定できる。
ある項目について、前回の記録を継承する時、次の4つの場合が存在する。i)あるアトム値が変化する場合、ii)全てのアトム値が変化しない場合、 iii)ある項目(症状)が消失する場合、iv)ある項目を観察しなかった場合。これらの場合は、互いに排他的な関係にある。このような変化に関する記述は、それぞれの項目に対して継承という特別な属性の値として扱う。項目内のあるアトム値が変化した場合、継承の属性は「変化あり」であり、その項目のアトムの全てが記録される。前回に対し項目内のアトム値全てに変化が無い場合は、継承の属性値は変化なしであり、これらのアトム値は前回データが複写される。項目が消失した場合、継承の属性値は消失となり、他の項目内のアトムは全て消去される。ある項目が観察されなかった場合は、記録としては何も残さない。本システムでは、前回の記録を継承した場合、各テンプレートにこの継承の値を登録する特別な枠を設ける。
4.登録データの構造
患者データをいかにして構造化したデータとして記録するかは、重要な課題である。この問題は、我々のシステムでは、各項目におけるアトムの表記方法に帰結する。即ち、患者の記述は、項目単位に記述され、それぞれの項目は、アトム項目とアトム値のペアの組により記述される。ここで、アトムの修飾関係の表現が問題である。 アトムの記述を一般化すると以下のようになる。アトム項目をIXX(XXは番号)、アトム値をVXXと表す。あるアトム項目I01のアトム値がV01であることを”I01-V01”と表す。あるアトム項目I02がアトムI01-V01を修飾する場合、”I01-V01>I02-V05”と表す。アトムは、アトム同士の修飾関係があるため、個々のアトムは、それが修飾するアトムを指定する必要がある。例えば以下の構造をもつ記述の場合を考える。
I01-V01
I01-V01>I02-V09
I01-V01>I02-V09>I03-V12
I01-V02
I01-V02>I02-V09
I01-V02>I02-V09>I03-V12
通常、このような可変長の表現は、コンピュータではやや扱いにくい。そこで、これを、テンプレート内のアトムにシリアル番号を付け、シリアル番号、親シリアル番号、アトムとして以下のように記録する。
1,0,I01-V01
2,1,I02-V09
3,2,I03-V12
4,0,I01-V02
5,4,I02-V09
6,5,I03-V12
5.登録データの自然言語変換
テンプレート方式で登録されたデータを照会する場合、入力テンプレートの枠の中で照会するのは見易いとは言い難い。登録データを照会する場合は、入力テンプレートとは別に、照会用の表示方法を用意する必要があると考える。我々のシステムでは、progress noteに登録データを自然言語に近い形に変換して表示するようにした。自然言語への変換は、項目、アトム項目、アトム値のそれぞれの表示名称、接尾語、改行の有無、更に、1アトム項目に対し、複数のアトム値が登録される場合は、区切り記号、終了記号をマスターに設定している。この方法では、アトムの表示順を入れ替えることはできないが、かなり自由に自然言語風の表現が可能となる。
6.データ登録部のマスターによる制御
データが決められた形式で登録されれば、データの後利用に有利であることは言うまでもない。しかし、多様な訴え、所見を有する患者に対し、予め用意されたテンプレートで常にデータ入力が可能であるとは考えにくい。おそらく、テンプレートが実際に利用されるようになる為には、現場の医師が、自分で試行錯誤してより使いやすいものに作り上げていく過程が必要であると考える。特に、症状の入力は、選択式に登録する部分と、フリーテキストで記述する部分をうまく配分したテンプレートが良さそうであり、そのバランスが難しい。我々のシステムでは、入力部を構成するフォーム、テンプレート、アトム項目、アトム値それぞれがマスターで登録できる仕組みを持ち、これをユーザが登録することにより、ユーザが自分の好みの入力システムを作ることができる。また、このマスターのデータ登録が簡単にできるように支援するシステムを作成し、試行錯誤を繰り返しながらテンプレートを作成する作業を支援する。
7.テンプレートを規定する要素
テンプレート入力方式の電子カルテシステムは、最終的には、テンプレートをどのように構成するかにより、使いやすいシステムとなるか否かが決まる。もし、このシステムが実際に使われるようになれば、それぞれの医師が、テンプレートの作成に創意工夫することになる。このような状況になると、他の医師がどのようなテンプレートを作成し、利用しているかを知ることは、大いに参考になるはずである。千葉大学の山崎先生が提唱されているように、テンプレートの内容を記述する方式を決め、システムを越えて、互いにこうした情報を交換できるようになると、より優れたテンプレートが作られることを促すものと期待される。
現時点の我々のシステムの中で、テンプレートを記述するための基本要素は、以下の通りである。
(1) テンプレートの名称。
(2) アトム項目の名称及びその表現(接尾語、改行の有無等)。
(3) アトム値のデータ形式(選択方式、テキスト形式)。
(4) アトム値が選択方式の場合、単数選択、複数選択可の別。
(5) アトム値の選択リスト
(6) アトムの親子関係(修飾されるアトム値と修飾するアトム項目)
より詳細に内容を表現するためには、以下の要素が必要となる。
(a) 前回の記録を継承する場合のアトム項目(継承アトム項目と新規アトム項目)
(b) アトム値を継承するか否かの別
(c) 変化の表現の種類
(d) 自然言語表現のための表記
(e) 規定値の値
同様にフォームについて記述すると、その基本要素は以下の通りである
(o) フォームの名称
(p) フォームに含まれるフォームまたはテンプレートの名称
(q) 包含するテンプレートをオープン(入力可能状態)とするかクローズ(名称のみ表示 し、選択された時オープンとなる)とするかの別
テンプレートの共通した記述表現のためには、(1)から(6)が表現できれば十分ではないかと考える。