POSの概説と現場への適応状況


千葉大学医学部第二内科 高林克日己

このセッションではPOSがなぜ生まれ、重視されるに至ったか、またそれがどこまで実際に適用されているかについて簡単に概説し、電子化との関係を述べる。

1診療録(カルテ)とは

診療録(カルテ)とはその名の通り診療の記録であるが、POS以前にはその記載法についてとくに取り決めがあるわけではなく、医師の自由裁量で記入されていた。カルテは1号用紙と呼ばれる患者の基本的なデータを記載する部分と、2号用紙と呼ばれる経時的な診療の記録を書く部分に分けることができる。この2号用紙はまた多くの施設で慣習的に左端に年月日、中央に問診と所見、右の1/4くらいにオーダを書くようになされてきた。
カルテは病態と医療行為の投影である。その患者がどのような症状を示し、医師がそれをどう判断してどのように検査し、治療したかの記録であって、のちに同一医師がこのことを確認するだけでなく、第三者への報告ともなる。また同時に医師にとってそれは思考する場でもある。記録を書きながら、病態を整理し、検討するのに役立つ働きもしているのである。

2POSとは何か

POS(problem oriented system)、あるいはPOMR(Problem Oriented Medical Record)はWeedにより1960年代に提唱された、カルテの記載法である。その目的は標準化された普遍的な形式の中に客観的に記述することで、科学的な記録として診療録を作成することである。

元来患者は自ら診断名をもって来るわけではない。例えば腹が痛い、食欲がないといった訴えで来院する。すなわちはじめに腹痛、食欲といった「問題」があるわけである。医療行為とはこれらを分析し、診断して、治療を行ない、この問題が解決するように努める一連の作業である。その過程で問題は診断名や病名に変化、収束していく。
問題が1つや2つならばよいが、多数の問題をもっている場合は整理していかないと、カルテも診療も混乱してしまう。このため問題ごとに整理することが必要になる。
また問題は、その内容から、主観的な内容(腹痛)、客観的な内容(右下腹部の圧痛、白血球増多)、評価(虫垂炎の疑い)、計画(抗生物質の点滴開始、虫垂切除術)というように4つに分けることができる。実際に医療行為は、この情報の収集(問診と所見、検査結果)、思考、行動(各種オーダ)のサイクルの繰り返しということができる。

3POSの構造

POSではProblem Listとよばれるインデックスにその患者の問題(problem)を発生順に記入していく。そして日々のカルテの中で、それぞれのproblemにつき、subjective(主観的データ)、objective(客観的データ)、assessment(評価)、plan(計画)を記入していくものである。
これは一種の語呂合わせでsoapと呼ばれる。また通常problemは#に続く番号で示される。
例えばある患者のProblem listは
 #1 糖尿病 92.01.03  active    
 #2 高血圧 95.03.22 active
 #3 頭痛 96.06.11 inactive
 #4 発熱 97.05.22 active

のようにまとめられる。
これに対して、日々のカルテは以下のようにproblem毎に記載される。

97.5.23
 #1 糖尿病
S) 多飲(ー)多尿(ー)食欲はあるが、dietしているという。
O) 体重 67.5kg (+1.5kg/month) 空腹時血糖 120mg/dl HbA1c 9.6%
A) 患者は我慢しているというが、 空腹時血糖とHbA1cが乖離しており、病院来院時前後のみ
 食事を減らしているのかもしれない。体重も増加している。
P)HbA1c再検、自己血糖測定の指導と家族(妻)からの事情聴取

 #2 高血圧
S)n.p
O)BP 146/88, HR 66/m reg
A) good control
P) continue Ca blocker

 #3 頭痛
S) 最近疼痛発作はない
P) no treatment

 #4 発熱
S) 3日前から38.5度の発熱 咽頭痛あり
O) 咽頭 発赤、扁桃の腫脹と膿瘍。頸部リンパ腺腫脹
A) 過去にも扁桃腺炎を起こしており、今回もその再燃であろう。
P) ASLO, ASK, CRP, CBCの測定。抗生物質の経口投与、無効であれば入院し点滴治療。

   これらを毎回(毎日)繰り返していく。

4 POSのもつ問題点と矛盾

POSはカルテを標準化した形式で科学的に記載する点で、診療録の大きな進歩に寄与したといえる。しかし実際にこのままPOSでカルテを記載すると、いくつかの矛盾に突き当たる。このためかPOSが本来のままで運用されているという診療録はむしろ極めて異例なのである。その理由を考えてみる。

1)詳細に分化しすぎる項目 S)O)A)P)といっても、毎回ほとんど書くべきことがない場合が  多く、意味のない無駄な記述の繰り返しになりかねない。
2)problemの連番と踏襲
  problemを安易に追加すると、たくさんのproblemで収拾がつかなくなる。その中には相  互に関連するものもある。また連番の踏襲が必ずしも守られ難い。即ち今日の#1は先週の  #1とは異なることがよく起こる。医師は重要な順に番号を付けたがる。
3) problem自身が固定したものではなく、タイトルが病名や診断名に変わったり、他の     problemに併合されたり、合一したり、あるいは離散するものもある。problem同士の関  係は複雑でこれらを階層化してまとめることは一見論理的ではあるが、臨床の場ではむしろ 平板化して対等の階層で扱うことが好まれる。
4) 毎日のカルテの中でどのproblemにも属さない一般的なphysical examinationなどをどこに  記載するかが、定まっていない。
5) このS)O)A)P)形式にするとそれぞれが箇条書きで、相互の関係が文章として示されていな  いことが多く、論理的な関係が不明になりがちである。
6) Weedの時代と異なり、O)の中身は理学所見よりも、検査結果が大半を占める時代になった。 また患者の訴えと医師の診察はしばしば同時に行なわれ、どちらに記録するかも曖昧なもの
  もある。すなわちS)O)という区分が妥当でなくなりつつある。
7)いちいちこれらのルールにしたがって記載するのが、面倒である。
 
5現実の適応と運用

上述の問題を反映して、多くのカルテは完全なPOSの形式では書かれてはいない。問題点を整理するというPOSの利点を活かして、Problem listのみを取り入れたり、あるいはS)O)A)P)の形でのみ書かれていたりする、部分的な利用が一般的といえよう。
むしろ看護サイドではPOSはより普及し、すべてPOSで書かれているものもある。一般的にいって、看護の領域の方がPOS の普及に熱心である。 
 
6 電子化とPOS

   しかしながら、電子カルテなどという言葉が全くない時代に、POSはすでに将来の電子化を意識して作られたものなのである。そのため前述した紙のカルテの上ではあまりに理想的なカルテとして考えられたために、現実的には問題になってきたことが、電子化されたときには解決できる、あるいはメリットにさえなりうることが期待されるのである。すなわちPOSは電子カルテを考えるときに大いに参考となる、あるいはその基盤とすべきものであるといえる。
ただしそれは医療情報システムやAIシステムとのリンクを考えて、全くWeed が提唱してきたものをそのままBibleにするのではなく、現代に即した多少の修正した形を検討する必要があろう。