カードメディアを媒体とした保健・医療・福祉の連携

 

田 代 祐 基
システム診療システム研究フォーラム熊本県医師会理事
(帯山中央病院院長) 


はじめに

少子・高齢社会の到来、生活習慣病の増加、介護保険制度の導入、健康保険証のカード化、電子カルテ化、カルテ開示の法制化、医療ビッグバン等、我が国の保健・医療・福祉の環境は今、大きな転換期を迎えている。

このような背景の中で、我々は21世紀の保健・医療・福祉の在り方と環境を見据えながら、様々な社会システム間における情報の共有化を図ることが、我が国の抜本的な医療制度改革に繋がるとの考えから、カードメディアを媒体とした保健・医療・福祉連携システムの研究・開発を進めている。

我々は熊本県八代市で被保険者証のICカード化に関する実験を3年間実施して来た経緯を踏まえて光カードを媒体とした保健・医療・福祉の連携システムを紹介する。

 

1.社会環境、医療環境

我が国の社会環境は徐々にではあるが、生活、文化、教育水準も向上し、女性の社会的進出と核家族化、生活習慣病の急増などアメリカ型社会に近づき、医療供給体制は世界トップクラスにある。患者の医療に関する意識も厳しくなり、レセプトやカルテ開示の要望など、医療の世界にも情報公開をもとめている。この現状に対して我々医療提供側も医療機関同志の連携を図る上で診療情報の共有化を目指して、患者の病歴を時系列的に管理し、電子カルテや患者自身が健康情報を所有出来るパッケージメディアとして提供する必要があり、その際に光カードなどの情報媒体も必要になって来る。

患者自身が所有しているカードメディアは、インフォームドコンセントの場においても医師と患者のコミュニケーションツールとして役立つことが期待される。

 

2.医療行政動向と生き残り対策

医療行政の動向を見ると、国民医療費の抑制策として診療報酬のマルメや定額制が進み、需要側にも自己負担金のアップを求めている。更に病院における社会的入院を是正するため、療養型病床群の整備や在宅医療への誘導など、2000年より実施される公的介護保険制度の基盤整備が行われており、医療と福祉が一体化した介護サービスがターゲットになって来た。ここでは従来の措置制度による行政よりの一方的なサービス供給システムから介護サービスを望む利用者本位の視点が必要となり、ここでも個人の保健医療福祉にかかわる時系的データの蓄積と再利用のために医療・福祉施設やサービス提供機関が共有出来るパッケージメディアが必要となる。

 

3.国際的なカード化動向実例

これは、国際的なカード化の動向である。表のようにICカードシステムが先行しており、用途に従って発行枚数も多い。光カードの保健・医療領域での実例も数多くなっては来たが、カードやリーダーライタの標準化やコスト等の問題もあって未だ発行枚数が少なく、今後の展開を期待するものである。

 

4.光カードによる保健・医療・福祉体制

人の一生にわたる健康情報を集積しようとすれば、その過程で様々な障害があり、乳幼児健診は厚生省、学校健診は文部省、企業健診は労働省、老人健診は厚生省などと健診データは省庁間の縦割り機構の中で分断されており、これらの個人情報を集積し、要介護認定にも役立つような情報媒体を考えれば、カード1枚で400万文字も入力出来る記憶容量の大きい光カードが最も適していると考えられ、このカードメディアはかかりつけ医と患者が共有する健康情報媒体としても役立つ。

また、介護保険のケアマネジメントに於いて作成されるケアプランについても、かかりつけ医が長い年月、時系列的に診て来た結果が意見書として重要な資料となりうる。

しかし、医療の世界では、金融・流通業界等に比して、カードメディアの利用が著しく遅れており、地域住民が自分自身の健康情報をパッケージにして持ち歩き、蓄積された個人情報を役立てようと云う意識と環境を醸成してゆく必要がある。

 

5.光カード利用による期待効果予測

記録容量の大きい光カードを利用して、人の生涯にわたる健康情報を一元管理し、医療福祉連携の中で情報を共有化すれば、重複処方による薬物副作用の防止が出来、継続的な医療データの利用により、医療費の自己負担金も軽減されよう。また、住民が自らの健康情報をパッケージメディアとして所有していると健康に関する意識が高まる結果、健診データにおいてはカードを保持していないグループに比較して、要医療や要指導の比率が明らかに低いという結果が相模原市より発表されており、地域住民の健康増進に役立ち結果的に医療費の節約にもなっている。

 

6.社会保険庁が進める医療保険カード

八代市の実験結果我々は、平成7年度より平成9年までの3年間、社会保険庁がすすめる被保険者証のICカード化に関する実験と調査研究を行い、更に平成10年10月より第二次実験を開始した。この第二次実験では従来の紙の被保険者証を廃止し、医療保険カード一本にして、八代市以外でも利用出来るようになっている。

但し、被保険者証に記載してある基本的情報がカードの表面にプリントしてあるだけで、リーダーライタのない他所ではカード内の情報を見ることは出来ない。ICカードに入力されているコンテンツは基本情報以外に過去3回分の成人病検診データと体力測定結果などの健康づくり情報と薬剤過敏、アレルギーなどの救急情報に限られており、医療機関でメリットと言えるのはカルテ作成時に基本情報が自動的に印字される程度で、医師にとってのメリットは殆どないに等しい。

 

7.八代市の実証実験から得られた医療保険カードの問題点

過去3年間の被保険者証のカード化に関する実験から次のような問題点があげられる。

  1. 医療保険証であるICカードの記憶容量は、8000文字で医療画像は一枚も記憶出来ない。
  2. 成人病検診の受診率は40%前後で、この受診者にICカードへのデータ入力の同意書を必要とする手続きが煩雑すぎてデータの収録率を伸ばせない。
  3. 健康づくり情報や救急情報としての薬剤過敏やアレルギー情報も医療機関からの発生源入力が出来ないので、収録情報量はなかなか増加し難い。
  4. ICカードを利用した医療保険カードの主な目的は、被保険者証の転記ミスによるレセプト返戻防止にあったが、医事会計システム(レセコン)とICカードリーダライタのシステムが接続されないため、保険証の転記ミスや入力ミス防止に繋がらない。
  5. 被保険者証をカード化すると云う主目的のみにとらわれ過ぎて、保健・医療・福祉の連携と云う21世紀の医療保険制度を見据えた本質論の検討が欠如しており、診療情報も入力されないことより医療施設等における連携や情報の共有化と云う視点に欠けている。

 

8.光メデイカードシステム運用例

現在、全国6県医師会に拠点をもつ医師会員の医療施設等で患者の受付窓口に光カードのリーダーライタを接続したパソコンと医師の診察室に置く診療支援用のパソコンがオンラインで双方向性の情報交換が可能な光メデイカードシステムとして運用されている。

パソコンのディスプレイに表示される情報は光カードにそのまま画面ごと収録され、医師にも患者にも理解され易い電子カルテを作り上げている。

 

9.行田市医療福祉連携システム例

このような、光カードを媒体にした診療支援システムと行政の福祉系施設や様々なサービス提供機構と連携する医療福祉連携システムの例をあげる。

ここでは、来るべき介護保険時代のケアマネジメントの情報化を目指している。

 

10.地域包括医療支援システム概念図

このシェーマは、散在するケア資源をニーズに合わせてパッケージ化し、地域住民の個人データベースを構築して、地域ケア総合機構の中で光カード情報を利用するシステムである。

 

11.地域包括医療理想モデル図(ケア度に応じたサービス)

これは地域に存在する医療、保健、福祉に関する様々な施設やサービス機構を急性期ケアから慢性期ケア、更にターミナルケアに到るシステムを包括的にモデル化したものである。

ここでは、それぞれのステージでケア度に応じたサービスが提供されるが、これらのケアサービス情報を一人の利用者個人として所有することは不可能に近い。

しかし、これからは利用者個人の時系列情報として、ケアサービスがカードメディアに収録され、その情報が、それぞれの場所で共有され、利用されてゆくことが必要であり、そのための情報媒体として光カードの普及啓発が望まれるものである。

 

12.保健・医療・福祉情報連携システム

地域包括型の情報連携システムを構築するには、様々な情報の集中と分散が必要であるが、ライフステージ、省庁間の縦割り機構で分断される個人の時系列データを収集し、効率的な健康管理を可能とするものとして、光カードが最も適していると考えられ、光カードが国民の保健・医療・福祉の連携システムの情報媒体として高く評価されることを願うものである。

 

13.健康投資を目的とした地域包括型の連携体系

戦後の劣悪を極めた衛生環境や国民栄養も改善され、今や世界一の長寿国に数えられる我が国ではあるが、国民の死亡率のトップは悪性新生物(がん)であり、次いで心臓疾患や脳卒中など生活習慣病が大きな比重を占めている。

先達の努力で、乳幼児健診から学校健診、事業所健診、地域住民健診、老人健診など、様々なライフステージ毎に健診が行われ、疾病の早期発見、早期治療が行われて来たが、検診技術の向上や検診システムの効率化にも拘わらず「がん」や「生活習慣病」の発生を抑制するには到っていない。ここに到って、我々は地域住民のために人々が疾病状態にまで進展する前に、第一次予防としてのコンセプトをもって健康増進システムのための社会投資を考え、実践してゆかねばならない。

即ち、疾病医療から予防医学的基盤に立った健康投資への政策転換が必要になって来たのである。

 

結 語

光カードシステムは、費用対効果の面からも健康投資の一翼を担う重要な情報媒体であり、光カードを利用した保健・医療・福祉連携システムが新世紀における我が国の救世主となることを願うものである。