電子カルテに向けての一試み

 

山本和子2)、津本周作1)

1)島根医科大学医学部医療情報学
2)島根医科大学(2000年3月まで)


I.はじめに

インターネットが急速に普及し、医療分野においても、診療録等の電子保存が法的に認められ、最近の医療改革の流れの中で、診療情報の地域共有・広域電子カルテが実現する方向に進んでいる。本学でも、2003年に本格的な電子カルテを導入する予定で、それまでの基礎作りとして暫定的な電子カルテシステムを作成しつつある。昨年の本研究会ではその基本構成と退院時要約について報告したが、その後、1)入院・外来経過記録の内容を充実させるとともに、2)診療情報の検索・参照機能を拡充させ、3)WWW電子カルテシステムを新規追加し、情報の編集・加工や印刷・Excelへの取り込み機能を充実させ、4)情報開示用サマリ作成機能の新規追加、5)地域医療情報ネットワークではVPNによる暗号通信を実施させたので報告する。

なお、本システムは、診療情報の地域共有にまで照準をあてた3種の電子カルテ、即ち1)診療業務を主にした各種診療支援機能付き業務用VB電子カルテ、2)カルテ開示と情報参照・加工を目的としたWWW電子カルテ、3)地域医療機関との情報共有を目指した地域医療情報ネットワークシステム、4)医療支援を目的とした分散型広域症例データベース、から成り立っている。

 

II.システムの概要

本学の情報ネットワークシステムの概要は図1に示したような構成で、セキュリティは学外域、学内開域、学内閉域(附属病院域)、地域医療域の四層に分かれている。学内閉域の中に、1)病院情報システム、2)電子カルテシステム、3)広域電子カルテシステムがあり、その先の地域医療域にC地域医療情報ネットワークシステムがある。医療情報は図2に示したように、1)→2)→3)→4)を経て、地域医療機関と情報通信が行えるようになっている。データベースは、1)と2)はU-Mumps、3)と4)はCache’を使用している。

 

III.情報の流れ

病院情報システムの診療系サーバにある診療情報は、図2に示したように、日々、M通信で2)の電子カルテサーバに転送され蓄積される。電子カルテサーバと3)の広域電子カルテデータベースサーバ間は業界標準規格のHL7(診療経過記録などは図3の形)で通信し、B側から要求があればその都度転送される。4)の地域医療データベースサーバと地域医療機関のコンピュータ間はMML(Medical Markup Language)または インターネットのWWWブラウザに表示できる言語のHTML(Hyper Text Markup Language)で通信している。これにより、2)の電子カルテサーバにある患者情報は、4)を介して地域医療機関からWWWブラウザまたはMMLブラウザで参照できる。また、地域医療機関のコンピュータの磁気ディスクにデータを保存したり、反対に地域医療機関から送られた情報を、4)を介して広域電子カルテデータベースサーバに保存することも可能である。

画像の場合は、放射線システムから画像診断報告書と共にキー画像がJPEG形式で電子カルテシステムの画像サーバに日々転送され保存されている。これらの画像は求めに応じてftpで3)の広域電子カルテデータベースサーバまたは4)の地域医療データベースサーバに転送される。超音波も同様である。DICOM形式の画像は、放射線の画像サーバと広域電子カルテデータベースサーバ間、院内端末間、地域医療機関との間は別ルートで直接DICOM通信を行う。本ルートを利用して、遠隔画像診断が可能である。また、MINCS(衛星通信)とも連結しているので、地域医療データベースサーバに画像を転送しておくと、その画像を放映することができる。

IV.病院業務用VB電子カルテ

本学の病院情報システムは、医事会計システム以外は診療系6台、部門系2台、検査系2台、計10台のSUNワークステーションで構成されている。各々はプライマリ・ミラーのペア構成をなしている。データベースはU-Mumpsである。今回、診療支援機能として表1の機能を充実させている。情報検索はオンラインでどこの端末からでも検索可能である。

表1で*印のあるものには画像(線画、デジタルカメラの写真、CT画像等)を含んでいる。超音波は本年4月稼動。退院時要約には全科共通項目と診療科別独自項目がある。経過記録も同様。退院時要約の診療科別独自項目と外来・入院経過記録の構造は図3の様になっている。必要な情報を即座に取り出せるように、データは短く分割し、階層構造に連結している。

これら経過記録類の入力は病院情報システムで行われ、確定後電子カルテシステムに転送され、改竄不可となる。

経過記録の入力に関しては、簡単な入力用画面を作成している。入力項目の追加・変更は可能である。今回追加・改良した機能は、

1) テンプレートにも画像を添付できるようにした。

2) 自由記載文に定型文書を貼り付けることができるようにした。

3 )画像にコメントを追加できる機能を追加した。

4) オーダ記録や検査成績などは別画面で参照できるが、手書きカルテのようにここに添付したい場合は、検査成績の表示画面から添付できるコピー機能を付けた。

5) 全科共通項目と診療科独自項目に分け、全科共通項目は他科が入力したものでも科別経過記録の中で参照できるようにした。

6) 感染症などは、最新情報は別メニューで表示し、経過記録には時系列で表示できるようにした。

このVB電子カルテ(病院情報システムの端末画面はVisual Basicで作られているのでVB電子カルテと称している)は手書きカルテにあるようにデータを時系列に表示するブラウザを持っていないので、それを代行するものとしてWWW広域電子カルテ画面を用意し、WWW広域電子カルテと連結できるようにオーダプール画面にIEボタンを付けている。このボタンを押すとWWW広域電子カルテ画面が表示され、経過記録を参照しながらオーダできるようになっている。WWW広域電子カルテ画面では、テンプレートで入力した情報も文書形式で表示される。

 

V.WWW広域電子カルテ

WWW広域電子カルテは、蓄積されている医療情報をWWWブラウザで表示している。WWWブラウザを用いた理由は、端末の機種に関係なく利用できるようにするためで、これは、院内医療従事者が読むためのものであると同時に、地域医療機関の医師や患者に見せるための電子カルテである。表示形式は手書きカルテに近い形をしている。表示可能な医療情報には、1)電子カルテサーバに蓄積されている情報(表1)と2)広域電子カルテのデータベースに蓄積されている情報、即ち患者への情報開示の記録や、紹介状、報告書等、地域医療機関との通信情報がある。

電子カルテサーバからWWW広域電子カルテデータベースサーバへはHL7でデータを転送している。経過記録や報告書類などはHL7の規格外であるが、図3の構造に分割し、検査成績と同様に通信している。

経過記録の表示方法には、次ぎの3通りがあります。

1) 記入年月日順に表示

2) 指定した中分類項目(Problem)に関するもののみ年月日順に表示

3) 指定した小分類項目(Item)に関するもののみ年月日順に表示

4)指定した項目に関するものを時系列に表示

更に、情報を編集、加工、印刷、Excelで集計・作図する機能や、項目別に時系列に表示する機能を今回追加した。

本システムは、利用者に応じてメニューの表示を変更できるようになっている。なお、メニュー画面(横メニュー)は病歴メニューと地域メニューに別れている。病歴メニュー画面には参照以外に情報の加工と印刷・Excel取り込み並びに開示文書作成メニューがある。地域メニュー画面では地域医療機関との通信記録の参照ができる。地域医療機関と通信するための入力画面へは、この地域メニュー画面から入ることができる。

VI.島根地域医療情報ネットワークシステム

島根地域医療情報ネットワークシステムは地域医療機関と医療情報の相互通信を行うもので、その概念図を図4に示す。島根医大内に地域医療用のWWWサーバとデータベースサーバを設置している(図1)が、このサーバは情報の通過基地としての役割をはたすのみで、データベースとして永久にデータ保存はしていない。必要な情報はここを経由して各自の医療機関で保存するのが原則になっている。島根地域医療情報ネットワークシステムと島根医大附属病院との情報共有の関係は図1に示した通りである。

患者情報を取り扱うので、盗聴、改竄、なりすまし、否認、破壊の防止のために、インターネットとは別の地域医療用の公衆電話回線を用い、大学側はINS1500(MAX2000,20チャンネル・ディジタル・モデム)を用意し、会員制の閉鎖ネットワークとしている。会員は、本院に電話して図1の認証サーバにログインすれば認証される。ここでの個人認証は会員番号と時間同期式ワンタイムパスワードで行う。地域医療WWWサーバでの認証は会員番号と通常のパスワードで行う。全体として二重チェック方式を採用している。閉鎖ネットワークであるので、通信時のデータの暗号化はしていない。しかしながら、本学と遠く離れた医療機関と通信するには電話代もかかり不便であるので、本年3月末にVPN(Vertual Private Network)を導入した。これは情報を暗号化して仮想専用回線でインターネット上を通信するもので、地域の病院内の端末でも通信が可能である。6月にはMAC端末でも利用可能になるとのことで、暗号通信に多くの期待が寄せられている。

 

島根地域医療情報ネットワークシステムの主たる機能は、

1)  文書情報交換機能
紹介状、情報提供依頼書、画像診断依頼書等の各種依頼状の作成/参照機能と、その返信用文書作成/参照機能、画像添付機能、メール通信機能(文書発送をメールで通知)、文書情報のMML変換機能

2) DICOM画像取得/転送機能

3) 本学附属病院の診療情報提供/参照機能
本院の診療情報を診療結果報告書、情報提供書の添付情報として地域医療機関へ提示する機能、広域電子カルテ参照機能(本院職員のみ)

4)  症例検索/参照機能
性別、年齢、主治医、退院時確定診断名をキー項目として診療情報を検索/参照する機能(患者氏名等の識別情報は表示しない)

5) その他、システム管理機能
利用者の権限コントロール、マスタ登録機能、参照履歴記録/表示機能等

等である。

情報の発信は、島根地域医療情報ネットワークシステムにログインして必要項目を入力すると、自動的に電子メールで発信した旨を相手側に通知される。通知を受けた相手側は地域医療WWWサーバにログインして内容を確認する。という手順で行う。なお、Bの本院医師による地域医療機関への診療情報の提供は、電子カルテに記載されている内容の項目をメニューとして渡し(期間指定,項目選択,編集機能あり)、それを受け取った地域医療機関の医師は1ヶ月間、そのメニューを開いて内容を参照できる仕組みになっている。期間指定には未来日の指定もできるように今回改良した。

メニューを渡す際に、緊急か通常かの選択をし、緊急の場合は即時に、通常の場合は当日の夜間に電子カルテシステムのサーバからデータを取り出し、HL7に変換して、地域医療データベースサーバに転送し、これによりコンピュータの負荷の削減をはかっている。

何を提供するかは提供側本院医師が選択できるようにし、地域医療機関では患者番号から参照できないようにしている。但し、本院医師は、学内端末または学外端末から、患者番号を指定して広域電子カルテシステムの診療情報を参照できる。なお、プライバシー保護のために参照記録を保存している。それから、特定の患者情報に関して、病院長が強制的に参照不可にする機能もある。

VII.分散型症例データベース

退院時要約が作成され確定されると、その情報を広域電子カルテデータベースサーバと地域医療データベースサーバに転送し、キー情報を用いて症例検索データベースを構築している。ここから、院内電子カルテサーバにある総ての診療情報をHL7で呼び出して参照できる。この症例データベースは、現在は院内でのみ使用しているが、将来は地域医療機関から検索可能にすることもできる。但し院外の場合は、患者の氏名や住所など、個人の同定に関する情報は表示しない。

従来の症例データベースは各医療機関から要約を集めて作成されている。今回開発した症例データベースは、検索キーのみのデータベースを作成しておいて、必要時にHL7で電子カルテシステムから総ての診療情報を参照できるようにしたものである。広範囲な情報参照は、従来の症例データベースではできなかった画期的なものであると思われる。テンプレートを共有にし、医療機関毎に検索キーのリンクを張っておけば、全国的な大きな症例データベース(症例リンクベース)を構築することができる。各種の薬害発生時の原因究明等、緊急の場合に特に効果を発揮すると思われる。

 

VIII.今後の課題

1. VB電子カルテについて

最近のオーダシステムはそれなりに完結し使い勝手の良いものができている。そこで、オーダシステムをそのままにして診療経過記録のみを追加するシステムを開発し稼動させてみた。画像の添付は面倒であるが、経過記録の中に画像をはめ込まなかった点で高速の処理速度を維持できている。厚生省の電子保存に関する通知は、紙カルテをイメージして作成されており、それに即した電子カルテを作成していたのでは、3分診療のわが国の実状では、とても運用していけないのではないかと思われる。極論ではあるが、法律を無視して開発しないと便利なシステムは生まれない。

2. WWW電子カルテについて

WWW電子カルテは使用してみて便利であった。紙カルテに近いイメージも維持できる。データを加工するのも便利であるし、学内の多数のMACユーザにとっても好評である。ただ、VBと比較してスピードの遅いことが難点である。WWWサーバとWWWのデータベースサーバとの連結は非常に高速で問題ないことが分かっているが、電子カルテサーバからHL7に変換してWWWのデータベースサーバへ転送しているので、その分スピードが低下する。電子カルテサーバから直接WWWのデータベースサーバに書けば高速を維持できる。直接書くようにするか、予約患者のみ前日にデータを転送しておくか、どちらを選択するかは今後の課題となっている。

3. 地域医療情報ネットワークについて

地域医療情報ネットワークシステムの場合は、緊急の場合でもメールで相手に通知してから画面を開くので、処理速度の点で問題は無い。紹介患者の場合は入院時から未来に向けてデータの転送を設定しておけるので大変便利である。ただ、ワンタイムパスワードは使いにくいという意見が多い。したがって、認証の問題は今後の検討課題になっている。3月末にVPNを導入したが、これは好評であった。今後、島根県医師会もネットワークを検討中で、今後の発展を期待したい。


参考資料

http://www.shimane-med.ac.jp/japanese/hospital/domi/index.htm