津山中央病院における電子カルテ運用経験と問題点

 

宮島 孝直
津山中央病院外科  


当津山中央病院は1999年の新築移転に際してほぼ全面的に電子運用に移行した。当初は不慣れが原因と考えられる業務効率の低下があり混乱したがそれもほぼ3ヶ月程度で収束し、現在では業務効率の圧倒的改善と医療関係者の知的活動の大きなdrivingpowerとなっている。一過性の効率低下は何かを変える時には避けられない代償として止むを得ないと考えるが、いったんそれに慣れその利便性を知ると今度は逆に電子運用の方が効率が上がり必須のものとなっている。(当院では殆どすべての医療従事者がこのシステムの存続を積極的に肯定している。)

当院での電子化の移行が成功した理由を分析するに、「現状の業務をどう改革するか?」に重点を置き単に「単にコンピュータ上で業務をこなせばよい。」という態度に終始しなかった事がもっとも重要と考えている。従来のオーダリングの時代にはPCは入力の為の端末であり医療従事者にとっていわばburdenであったが、当院においてはPCを「情報取得の為のtool」に変化させるパラダイムシフトに成功したとも換言できる。

 

まず最初に当院における電子化の程度について述べる。

以下にそのメリットを列挙してみる。筆者は外科臨床医である故まず第一に臨床医としてのメリットについて言及する。

電子カルテのさし示すものが各人で同じではないので敢えて電子化によって、とする。

(実際には予約システムの恩恵であったり、オーダリングの恩恵であったり、PACSの恩恵であったりするし、あるいは電子化に際しての業務見直しによる合理化に起因する訳だがここでは敢えて凡て電子化という括りにしておく。)

・診断書を書くとき、いちいちカルテを集める必要がなくなった。
(前回どう書いたかもすぐ見られる、保険会社のものも前回情報がそのまま見られる。)

・特定の患者さんに関して他科の先生に相談したいとき、今までであったらカルテやXPを集めてプレゼンする必要があったが、端末がある所ならどこででも相談できる。その結果、転科等の判断が非常に速くなった。

・一患者一カルテの大原則の為、他科に罹って投薬を受けた事等の重複情報が一目瞭然となった。他科医師の記載も見る為、その医師がどう考えたかの思考過程も簡単に理解する事ができる。

・今までは伝票という単位で各セクションが情報のやり取りをしていた訳だが、電子カルテ化する事によって各セクションのコメディカルがカルテを読むという文化が生まれた。その結果、自分自身が施行している医療行為のsemanticsを考えるようになった。つまり、伝票による限られた情報の中ではただ物理的に仕事をこなすだけであったのが、患者の医療行為の中での意義付けを考えるようになった。従って明らかにおかしなオーダーがでている場合には医師に対して問い合わせをしてくれるようになった。(例えば、肝癌患者に頸部のCTのオーダーがでていたりすると、カルテを読み明らかに頸部のCTを撮るといった記載がない場合は間違いじゃないですかと尋ねてくれるようになった。状況によってはこのオーダーが間違いでは無いときもある訳でその辺を考えてくれるようになったという事である。
(筆者はこれが大きなリスクマネッジメントになっていると感じている。)

・入院診療計画書等の不備があるとシステムが親切に警告してくれる。
(書くまでうるさく言われるので、どうしても書かざるを得ない。)

・退院時要約も必ずシステム的にチェックされ翌月、医局の机の上にリストが配られているので失念が少なくなった。
(医師として面倒くさいのは世の常ではあるが......。)

・あらかじめ外来を始めるに当たって予約リストが頂けるので、今日は新患を見る余裕があるとか、心してペースアップして外来をさばかなきゃいけないかという心の準備が可能になった。

・オーベンがウンテンのカルテや指示をチェックして是正したり、注意したりする事が極めて容易になった。

・レセプトチェックを端末上で行う事が可能となり、カルテを集めてどこかで集約的にやるという作業がなくなった。

・PACSも凡て接続してあるので、患者さんへのインフォームドコンセントとしてレントゲンや内視鏡の画像と共に説明する事が簡単になった。(あんちょことしての放科や内視鏡科のレポートも簡単に読める。)

・医事課が監査する際に、カルテの記載も参考にしてくれるようになったので、医療行為の意義付け等semanticsの議論が(医事課職員等とも)可能になった。

・症例報告の写真を集めたり、コピーしたり複写したりする手間が全くなくなった。(学会発表も極めて容易)

・朝ナースステーションに行って、申し送りをしている看護婦さんたちから申し訳なさそうにしてカルテを貰い受けて指示を出したり、記載したりする必要がなくなった。

・朝、医局で気になる患者さんの熱型表や看護記録を事前に読んで回診する事が可能なので対応が早くなった。
(回診したとき、「昨夜熱がでて寝られなかったの、しんどかったね。」と言うのと、「えっ、熱がでたの?」と驚くのでは患者さんの信頼度は大きく違う。)

・名前は忘れてしまっても病名や医療行為の別で患者を検索する事が容易になった。外来であれば、自分の診察日というkeyも大変参考になり、特定の患者を捜し出す事が容易になった。

・手術申込みも現実に予定日の予約状況を見ながら電子的に申し込めるので、後で変更になったりする頻度が減った。従って患者に迷惑かける事も少なくなった。また、手術室の様子がリアルタイムでwebcamera上でチェック可能となったので、外科医としては手術室の準備ができる直前まで他業務をこなす事が可能となった。

・現実のリアルタイムの病棟稼働率や入退院予定が見られるので、入院予約やその交渉が事実に基づいて行う事ができるようになってきた。
(隠し部屋や遠い予約の為の空きベッドは事実上なくなった。)

・クリニカルパスによって看護婦等の医療従事者も動いているのでオーダーを出すにしても標準化が容易になり、カスタムオーダーの頻度が減り、結果入力が容易になった。

・カンファレンスが超便利になった。

当院では日々いくつかのカンファレンスが行わている。外科の術前カンファは金曜朝8時から、内視鏡カンファは月曜夜9時から延々とやっている。肝胆膵カンファは木曜夜9時半からで、他に月一で外部の人も招いて画像診断研究会があり、私はあまり関わらないが、整形外科カンファやリハビリカンファ、呼吸器カンファなるものも催されている。

今まではカンファレンスをするに当たってはカルテやXP等の画像を集めて持っていくという作業が発生していた。これは通常若い医師や看護婦の負担になっていたし、何よりカルテがabscentになる為病棟の看護婦にはうさん臭がられていた。しかし、新運用になってからはその作業はなくなり、手ぶらで会場に行けばOKとなった。

ただし、医師の記載、検査予定等を含めて凡てOPENだから「資料を持参するのを忘れた!!」なんて言い逃れは不可能である。感染症のチェックもそこで衆目の元に行われ、手術台に乗った後で実はHCV(+)だったなんて事態は生じなくなった。

内視鏡カンファでは、以前は内視鏡フィルムのみでやっていたのだが、現在は臨床検査値、レ線、その他の検査情報は瞬時に参考にする事ができる。内視鏡所見からのみでなく、totalな所見をすぐに把握できるようになり、大きな威力を発揮している。個々のの疾患についての検査の順序や過不足がカルテに基づいて検討される為、非常に説得力がある。

その中で各々の疾患における当院なりのクリニカルパスが作製されつつある。

微妙な症例においては、3ヶ月前のあの症例と比べよう、とかいう話になってもその症例がすぐに閲覧可能である。CT値がどうだとか、信号強度がどうだとか、放射線科の医師も交えてケンケンがくがくの議論が繰り広げられるが、やはりこれはtotalに電子化しないと味わえないメリットだと感じている。

 

我々(私だけでなく、当院の多くの医師がである。)のような利便性を享受するためには

・PASCも何もかもちゃんとインターフェイスがとれている事。

・情報閲覧は凡てPC側(電子情報)に一本化されている事、そしてそれをみんなが使用できる文化を創りあげる事。

が非常に重要だと考えている。

 

一方、患者にとっての直接のメリットとは何だろうかと考えるに、この判断は非常に難しい。決まり文句としての「インフォームドコンセントの向上」や「情報開示の容易さ」はあるにはあるがそれ自体がが電子化の理由付けになるほどの正当性は持っていないと考える。上記の問題において電子化はそのtriggerにはなり得るが本質的にはその医療機関の「体制や方針」を問われているのである。逆に電子化に不慣れの為に診療効率が落ちれば患者にとってデメリットであるし、電子化に大きな予算を費やして医療機器のスペック低下にでも繋がればたちまち直接的デメリットとなる。従って患者のメリットを前面に電子化を語る事には無理がある。

病院管理者/経営者にとってのメリットに関してはどうであろうか?導入直後等の混乱期を過ぎればオーダリングによる事務・伝票処理の大幅減少や電子カルテ運用によるカルテ運搬業務の消失により相当の省人化を計る事が可能となった。特に当院の場合は移転に伴い100床以上の病床数の増加があったにも係わらずやや微増の事務職員で業務を施行し得たという点で人員削減という痛みを伴わずに相対的省人化を計る事ができた。このようなラッキーな状況以外では実際に人員削減や配置転換が可能かどうかが省人化の鍵と考える。

管理者にとっての最大のメリットは電子化を機会に医療機関という組織の構造改革が可能となる点と考える。従来病院等の医療機関は診療科による特異性が強く組織全体としてのmotivation等の整合性に欠けるきらいが強かったが、電子化を成就し医療情報の一括管理を始めると必然的に中央集権的に管理する事が可能となる。その威力をどのように行使するかは管理者や経営者あるいは上部組織の裁量であるが、慎重に臨床側と対峙しないと元々管理される事に大きな抵抗感のある医師等の協力が得られず頓挫してしまう。このような紆余曲折の後に大きな構造改革(医師の裁量権と管理者の裁量権の微妙な妥協が必要ではあるが....。)が可能となり医療機関が組織としての体をなす事ができるようになると思われる。逆にこのような融合に失敗すると管理者と臨床側とが解離して電子化自体が失敗に終わる確率が非常に大きくなる。換言すれば大きな構造改革のできないような医療機関において電子化を企図しても成果は上がらず臨床側とも解離して大きな無駄遣いに終わってしまうという事である。

電子カルテの運用を開始しての問題点もいくつか列挙する。一番には障害対策と運用を維持する費用の問題があげられる。当院は急性期を主体とする医療機関であり、救命救急センターも併設しておりシステムは24時間365日の連続運用を求められる。ハードウェアも含めた全体としてのsolutionとして医療システムを考えるとこれは相当にseriousな事態と言える。電子化に成功すると非常に便利な状況を実現する事が可能となり、一旦スムーズな運用が行えるようになると誰も昔の不便な状況へは戻れなくなる。当然システムとしても継続性が必要になりその為のメンテナンス・バックアップ体制は経営状況がどうあろうと死守せざるをえなくなる。また医療制度も折りにふれて改正(改悪?)されるのでその対応は必須である。これらに対応すべく十分な費用が用意できないとにっちもさっちも行かなくなる危険性がある。電子化が便利なだけに一種の罠だと自戒するようにしている。またシステムであるという以上、どのように強固に構築しても必ずトラブルには遭遇すると考えられ、その際には電子的でない運用をどのようにこなすかの訓練と対策をしておかなければならない。導入当初の不安定な時期はともかく、一旦安定稼働に入ってしまうと大きなトラブルなど殆ど遭遇する事もなくなり、いくら障害時マニュアル等を整備して対策したとしても対処が困難になるように感じる。防火訓練ではないが一定の間隔で実際のトラブルを想定した訓練(あるいは実際にシステムダウンを発生させる!)をしておかないと本当の障害時に何もできない危険性すら感じてしまう。

もう一つの大きな問題はやはりセキュリティと考える。セキュリティを堅くする事と情報共有の利便性はある意味二律背反の関係にもある。個人認証においても指紋や虹彩のパターン認識等いくらでも強固にする事は可能である。口頭指示に至ってはセキュリティ上からもリスクマネッジメント上からももってのほかの行為とも思えるが実際これらを凡てforbidしてしまうと恐らく円滑な医療業務は望めなくなる。手術中の手袋をはめた医師は指紋などない。しかしながら手術中の医師が指示を出さなければ入院患者の対応について遅きに失してしまう場合が存在するのが現実である。この矛盾をどう回避するか?セキュリティを堅くするという事は、よく言えば阿吽の呼吸、悪く言えばやあやあまあまあ主義を凡て払拭する事に他ならないこの落としどころをどのあたりに求めるかはいつも悩ましい問題である。

また、外部からの不正アクセスや、権限のない端末、職員からの不正アクセスに対してのセキュリティであれば、ハードウェア、ソフトウェアないしは運用方法によって充分なハードルを設ける事は可能である。しかしながらこれを破るのは多くの場合正規の権限を有した職員であってこれはモラルという問題に帰結する。このような場合は秘匿すべき内用は業務内容そのものでありこれにアクセスできなくなると業務自体が遂行できなくなる。「人の口に戸はたたない。」というか本能的に人間は他人のprivacyを覗き見る傾向がある。これを防止する事はセキュリティではなくモラルである。「知っている事と他人に喋る事は全く別次元で後者は犯罪である。」という意識を、看護学校教育、職員研修のなかで本格的に取り組む必要を強く感じている。

 

今後の問題としては標準化に対しての対応と考えている。現況において当院の電子化が臨床側にも受け入れられ実効性をあげているのは必ずしも標準化を完璧に成しえたからではなく、施設内での情報の共有化を成就した為だと考えている。逆に標準化に対して対応しようとしても現実にはその具体的な方法、Tagの標準化が終了していないのが現状ともいえる。例えば病名の問題一つにしてもICD等が標準になりそうではあるが、浸透する前のVersionupが行われたりで臨床側で使える標準になかなか結実していかない。病名は厳然と医師が付与するものであり(当院では100%医師が施行している。)、臨床側の合意がなければ実践できない。そうした状況のなか、医療という業界全体の標準化が近い将来に収束するとはなかなか考えられない。EBMという言葉も流行であるが、単に医療として施行した事実のみを積み上げるのならばオーダリングシステムによる施行記録を積み上げるだけで足りる。しかし実際にEBMを実りあるものにする為には医師や他の医療従事者の「医療行為に対する確認/評価」が必須となる。従って医療従事者が充分に納得してシステムを使っていく状況を作っていかないと実効性のあるEBMは実現できないと考えている。電子化しなければ従前のごとく紙のカルテをこつこつ集めて進めていくしかないのだが、電子化して情報の共有を計った状態は標準化に向けての「下地」ができた状態と理解している。いきなり完璧な標準化運用を求めても無理なのであればまず情報の共有化をはかり利便性を提供しつつ、厚生行政や業界の動向を注意深くwatchしながらその標準化をシステムに取り入れていく方が、遠回りのようではあるが結局はスムーズに標準化がなされていくと考えているのである。なにはともあれ、医療機関内の職員の殆どがストレスなくPCを操作でき、情報閲覧の為のtoolとしてPCを使いこなせる状況を具現する事が将来に向けての大きな布石であり、当院は今のところそれに成功していると考えている。

最後に当院における取り組みの概念・構想図を添えておく。(図1)


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