地域医療情報の共有・活用を目的とした
宮崎健康福祉ネットワーク

(はにわネット)

 

 

富田雄二1) , 荒木賢二2)

1) 宮崎県医師会
2) 宮崎医科大学附属病院医療情報部 



1.背景

宮崎は、人口密度が全国11番目に少なく、九州山地の山あいに多くの僻地を抱えている。高齢者世帯数の割合も17.4%と高い(福岡12.9%、1998年厚生省調査)。よって、物理的な患者移動が難しく、患者の移動を伴わない医療情報交換手段の必要性が高い。

また、診療従事医師数(人口10万対)は191.2人と少なく(福岡237.8人、1998年厚生省調査)、全県的に均質な医療の提供が困難な状況である。大規模病院も少なく、診療所や国保病院(町立、村立病院)の地域医療への貢献度がきわめて高い。これらの医療機関の診療レベル維持が重要な課題であり、医療情報連携に期待されるが、小規模医療機関の情報投資は難しいため、政策的な支援が必要である。

一方、情報化への取り組みは活発であり、宮崎医科大学では平成12年10月より厚生労働省の電子保存ガイドラインを満たした本格的な電子カルテシステムを稼動させている。合わせて、地域医療支援センターを設置し、県内の医療機関に対し、包括的なサポートを実施するに至った。さらに宮崎県においては、平成14年度供用開始を目指し、県内全44市町村をつなぐ光ファイバー網(宮崎情報ハイウェイ21)を構築中であり、バックボーンに医療専用の帯域として200Mbps程度の割り当てが予定されている。

このように、医療情報連携の必要性は高く、また基盤整備も着々と進み、医療の情報化に積極的に取り組もうとしているのが現状である。ゆえに、本実証実験プロジェクトを実施するに至った。




2.目的

提案システムの最大の目的は、IT技術により医療に変革をもたらすことである。手紙が電子メールに替わり仕事の質が変化したように、医療の情報化により質の向上を図る。

具体的な目標は、

(1)全県的、包括的な地域医療情報ネットワークを構築することにより、医療の閉鎖性を解消でき、患者情報を一元管理可能とすること。最終的な理想形である一地域一患者一カルテの実現が可能なシステムを提供すること。

(2)医療情報の流通を促すシステムを構築し、患者と医療機関の情報格差を是正すること。

(3)患者の医療への参加を促進し、患者中心の医療を実現すること。

(4)多数の組織にまたがり運用される事により、EBM構築や経営分析に活用できるシステムを構築すること。

(5)真にオープンなシステムを構築し、後年度に多数の機関が参加しやすい枠組みを提供すること。

(6)経済的に自立可能であり、継続的にシステム運営を可能とすること。

(7)最終的に、医療の効率化が図られ、医療費の効率的運用に繋がること。




3.開発システムの概要と特徴

3.1開発システム(宮崎健康福祉ネットワーク、通称「はにわネット」)の概要

患者、診療所、病院、薬局、検査センタで利用可能な電子カルテおよび共同利用サーバーを開発し、EBMや経営分析の情報収集・活用を実現する全県的でセキュアな健康福祉情報ネットワークを構築する。

「はにわネット」の特徴として、以下の3つを挙げることができる。

・二種類の電子カルテの新規開発

・セキュアネットワークとアクセス管理機能

・システム間連携のオープン化・疎結合化

以下、これらの特徴を含めて、概要を説明する。

診療所外来電子カルテ(以下「ドルフィン電子カルテ」という)とWebブラウザで入力参照可能な電子カルテ(以下「Web電子カルテ」という)の二種類の電子カルテシステムを開発し、利用者と目的に応じて使い分ける。いずれの電子カルテシステムとも、確定保存時に、文書のアクセス権を設定可能であり、情報の共有範囲を自由に管理可能である。

患者は、Web電子カルテを利用して、自身のカルテを参照し、日々の健康記録を入力する。健康記録は、日常の客観的データを医療機関に提供し、さらに、医療機関と患者のコミュニケーション手段となる。また、Web電子カルテのEBMデータ収集機能を用いることにより、患者へ直接、アンケート形式で調査可能である。

診療所では、ドルフィン電子カルテを用いて、オーダリングや診療の記録を行う。ドルフィン電子カルテは、CLAIMフォーマットで日本医師会が開発したレセプトコンピュータ(以下「ORCA:仮称」という)と接続され、窓口会計処理が行われる。医師は、診療所以外では、Web電子カルテを用いて、自施設のカルテや他施設のアクセス権のあるカルテを参照し、入力することができる。

病院では、ドルフィン電子カルテもしくはWeb電子カルテを用いて、アクセス権のあるカルテを参照し、紹介状(逆紹介状)の入力を行う。

薬局では、Web電子カルテを用いて、院外処方箋を持参した患者のカルテを参照し、服薬状況などを入力する。従来、医薬連携において、薬剤師から医師への情報伝達手段が希薄であったが、本「はにわネット」は、有効な伝達手段を提供する。

検査センタは、検査結果を迅速に、ネットワークセンタ(以下「はにわネットワークセンタ」という)経由で検査の依頼元の医療機関に送信する。また、検査結果患者i-Mode通知システムにより、患者に検査結果が届いたことを知らせ、患者はWeb電子カルテにより結果を参照する。

「はにわネットワークセンタ」は、ドルフィン電子カルテ、Web電子カルテ、宮崎医科大学電子カルテ、検査センタからアップロードされる診療記録、紹介状、検歴データ、EBMデータなどの全てのデータを取り込み、アクセス権管理、データベース登録を行う。全てのデータは、ハッシュ値を取ることにより、真正性保証を行う。また、PKIに基づく、認証サーバにより参加機関と個人の認証、接続許可を行う。

全ての通信経路において、データはSSLにより暗号化され、個人情報のセキュリティが確保される。

これらの患者情報以外に、リスクマネジメントのためのインシデントレポートシステムが運用される。

システム間連携のオープン化、疎結合化を図っている。すなわち、「はにわネット」を流れる患者データは、XML形式のMML/CLAIMフォーマットを用いており、今後様々なベンダ(アプリケーション)が、MML/CLAIMインタフェースを実装することにより、容易に「はにわネット」に参入可能である。



3.2「はにわネット」の全体構成図

図1 クリックで拡大



3.3「はにわネット」の機能概要

技術開発要素・規格

【「はにわネットワークセンタ」のシステム】

(1)認証システム:PKI(公開鍵暗号方式)を用いて、「はにわネット」認証局を設置する。認証局は患者の利用を考え、インターネットからアクセス可能とする。「はにわネット」の会員(医療従事者および患者)に証明書(秘密鍵)をフロッピーディスク等のオフラインメディアにより配布する。

(2)ゲートウェイシステム(SSGW、SDAA、ACA):「はにわネット」のデータ交換に際しては、MEDIS-DCのセキュアデータベースアクセス基本モデルを基に設計している。SSGW(サーバセキュアゲートウェイ)はSSL(セキュアソケットレイヤー)で暗号化された電文の送受信を行う。SDAA(セキュアデータベースアクセスエージェント)は電子カルテデータベースとSSGWの間で、データの抽出、格納を行う。この際、ACA(アクセスコントロールエージェント)のコントロールを受ける。医療従事者と患者のそれぞれについて、属性項目を定義し、参加する医療従事者と患者を登録する。医療機関毎の患者ID(以下「施設患者ID」という)とセンター共通ID(以下「地域患者ID」という)の変換テーブルを作成し、IDの変換を行う。電子カルテデータベースに格納されている全文書のヘッダ情報をデータベース化し、文書ごとにアクセス許可対象を定義可能とする。アクセス許可対象は、電子カルテシステムから入力される。会員の属性情報と文書のアクセス許可対象をマッチングさせ、データの抽出可否をSDAAに伝える。SDAAは、文書の入力、参照者のログ情報を全て残す。

(3)共同利用電子カルテデータベースシステム:標準フォーマットのインタフェースを備えたデータベースである。SDAAからの要求に従い、XMLインスタンス等の登録、抽出を行う。

(4)真正性保証システム:ハッシュ管理を行う。ハッシュ値は、一段目は文書ごとに算出する。二段目に一段目で得られたハッシュ値から一医療機関一日ごとのハッシュ値を求め、三段目に全医療機関一日ごとのハッシュ値とする。この最終ハッシュ値を、メールによりセンターで委嘱した監査担当者に毎日メールで通知する。文書の削除は行わず、修正は新しい版の追加で対応する。

(5)EBM構築システム:取得したい項目をHTML形式のフォームとして作成し、Web電子カルテを用いて、患者や医療機関に配信する。

(6)検査結果患者i-Mode通知システム:「はにわネットワークセンタ」が検査センタから検査結果データを受信し、患者の属性に従い、i-Mode通知が必要であれば、患者に適宜通知する。検査結果データ自体は、セキュリティを考慮し、i-Modeでは送信せず、Web電子カルテにて参照する。

(7)インシデントレポートシステム:医療事故防止、危機管理は国家プロジェクトとして取り組む課題である。「はにわネット」では、インシデント情報を登録、参照、集計するシステムを構築する。インシデント情報は限定したユーザ内で公開し、事故防止を支援する。



【電子カルテシステム】

(1)ドルフィン電子カルテ
 新規に開発する電子カルテシステムは、以下の特徴を有す。

・モジュールの追加により、様々な業種に適用できるコンテナアプリケーションである。

・データの保存はローカルサーバに対して行うが、真正性保証のために、「はにわネットワークセンタ」にバックアップデータを置く。

・「はにわネットワークセンタ」のアクセス管理下で、他の医療機関の患者情報を参照する機能を有する。

・医事システム「ORCA:仮称」との連携には、CLAIMフォーマットを用いる。

・「はにわネットワークセンタ」と診療所サーバ間通信は、MMLフォーマットを用いる。

(2)Web電子カルテ
Webブラウザを用いて、「はにわネットワークセンタ」に保存されている全ての患者情報が参照可能である。紹介状や自由記載の入力機能を備える。また、患者用に日々に健康記録の入力機能も備える。



【規格】

(1)病名

「標準病名マスターversion1」を採用する。ただし、平成14年度以降は、version2.1への移行を考慮する。

(2)電子カルテ

記述データの保存規格は、「MML(MedXMLコンソーシアム)」を採用する。

(3)セキュリティ関連

 SSL version3を採用する。

 ハッシュ値の計算には、SHA-1もしくはMD5を採用する。

(4)医事システム

医事のコードには、「レセプト電算処理システムマスター(厚生労働省)」を採用する。

電子カルテと医事システムの連携には「CLAIM(MedXMLコンソーシアム)」を採用する。

医薬品と材料は、レセプト電算処理システム医薬品・特定器材マスタを採用する。





4.実証実験の概要

平成12年12月17日より平成13年2月16日までの2ヶ月間に渡って、実証実験を行った。実証実験参加医療機関のクライアント、サーバならびに「はにわネットワークセンタ」のサーバ群の稼働状況を監視するとともに、2月上旬に、事務局スタッフが全参加施設を回り、対面によるアンケート調査を実施した。アンケートの調査内容は、発注仕様書に則った。



4.1電子カルテシステムシステムの有用性の検証

  図2

  図3

  図4


診察時間の短縮、診察の質の向上、患者への診療内容説明の効率化、医師の診察の作業量軽減、看護職員の作業量軽減、事務職員の作業量軽減、リスクマネジメント(医療事故防止)、経営的なコスト削減、患者増、いずれにおいても医師の評価は低く、平均点が3点以下で、有効性を実証することはできなかった。この理由として最も考えられるのは、実証実験の期間の短さであろう。電子カルテに慣れ、使いこなし、診療の一部となるまでは、診療支援の有効性は判断できないと考えられる。

  図5

  図6


施設間連携、患者連携には役立つとの高い評価を得た。紙のカルテでは非効率というより、不可能な情報連携を「はにわネット」は提供しているという評価である。具体的に、「連携には非常に役立つし、患者の期待も大きい。」という意見が寄せられた。



4.2外部インタフェース機能の有用性の検証

  図7


Web電子カルテを用いて、医大のカルテを参照するだけでも、「はにわネット」の有効活用になる。また、医大にとっても、病診連携の推進にもつながり、本機能は、きわめて有効と考えられた。



4.3セキュリティ機能の信頼性の検証

  図8


認証については、技術的側面が強いために、判断に苦慮している様子であった。PKIによる認証が、電子マネーレベルにあることを説明しても、IT社会に対する漠然とした不安感が払拭しきれていないと考えられた。



4.4検査システムインタフェース機能の有用性の検証

  図9


実証試験に参加している検査センタが、すべての診療所をカバーしているわけではないので、調査対象医師数が少なかった。本機能に関しては、悪いという評価はなく、当たり前のことができているという評価であった。


本実証試験を終えて、総合的に評価すると、以下の3点に集約される。

(1)2ヶ月と言う短期間に、診療効率と質の向上を評価するのは難しかった。

(2)施設間連携の有効性は、医師、薬剤師、患者とも十分に認識しており、プロジェクト最大の目標(地域医療情報の共有の実現と有効性の実証)は達せられた。

(3)患者からの評価が高く、地域医療情報の共有は患者本位の医療につながることが証明された。

これら以外に、セキュリティに関しては、技術的な保証以外にも、不安感を払拭させるための啓蒙が必要であった。また、アクセス権の設定においては、一律のポリシーを押し付けるのではなく、段階的に広げていく柔軟性が必要であった。



5.運用と実用化方針

患者や医療機関ごとの運用については、開発システムの概要と特徴の項で述べたので、ここでは、個人IDの管理と実用化方針について述べる。


5.1個人IDの管理

「はにわネット」で交換されるカルテ情報には、施設患者IDと地域患者IDの二種類が使用される。ドルフィン電子カルテでは、基本的に患者は施設患者IDで管理される。一方、カルテを地域で共有するときや、Web電子カルテにて参照・入力するときには、地域患者IDが使用される。よって、両者のマッチングを地域患者ID検索システムにて行う。


5.2実用化方針

 「ドルフィン電子カルテ」の運用サポートを中心とした診療所向け会員制アプリケーションサービスプロバイダを立ち上げ、会員には「ドルフィン電子カルテ」を無償で配布、そのサポート経費を会費として徴収し全体の維持費を賄う形式で運用を開始する。

 サービスの内容はサービス開始当初は以下の通りとする。

・ 「ドルフィン電子カルテ」のネットワークセンタ運用

・ 「ドルフィン電子カルテ」、「Web電子カルテ」の提供

・ CLAIM対応医事システムとの連携サポート

・ 電子カルテデータの保全サービス

・ 利用者認証サービス

・ システム運用サポート

・ 宮崎県内医療関連ポータルサイトの運営

・ 健康福祉関連情報サービス

宮崎県医師会を中心に産学官の連携のもと「はにわネット」事業主体を構築すべく計画中である。本事業を宮崎県医師会の事業と位置付け、医師会直営事業とするのか、連携予定者とNPOを立ち上げそれを事業主体とするかは現在検討中である。事業開始を平成15年4月1日とする。



はにわネットWeb

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