四国4県電子カルテネットワーク連携プロジェクトに関する
技術的及び運用上の問題点と今後の展開

 

 

原 量宏1), 近藤 博史2), 石原 謙3), 瀬戸山 元一4), (財)四国産業・技術振興センター

1) 香川医科大学医学部附属病院医療情報部
2) 鳥取(元徳島)大学医学部附属病院医療情報部
3) 愛媛大学医学部附属病院医療情報部   
4) 高知県・高知市病院組合    

   


1.背景

医療については、医療法に規定された医療計画により、各県単位で体系的に整備されてきたが、四国においてはへき地、離島などの無医地区が10.7%と高い割合で存在する矛盾を抱えているなど、さらなる改善・整備が望まれている。また、小児病院、労災病院など専門病院がない県があり、このような医療資源の偏在を解消することが望まれている。

医療圏について考えると、徳島県池田町の住民が香川県高松市へ通院したり、高知県東洋町の住民が徳島県牟岐町へ通院したり、実際の生活圏や医療圏が交通インフラの進展を踏まえて県域を超えた広がりや繋がりをもっている。県境付近では、救急時に距離的に近い隣県の病院へ搬送する場合がある。

また、得意分野に特化した病院が多く、県内ですべての疾患を自己完結できる体制が未成熟のため、県域を超えて医療機関が有する専門性を有効活用する体制の確立が望まれている。

このような状況の中、平成11年度に通産省「中四国電子カルテネットワーク実証実験」事業で、安価で使い易く、かつ診療所に十分な機能を有する診療所用電子カルテを開発し、香川県や中国・近畿地方で実証実験を実施してきた。

この事業では、データセンタとの通信プロトコルとして「電子保存された診療録情報の交換のためのデータ項目セット」(MEDIS-DC J-MIX)のドラフトに沿ってXMLベースの標準通信方式を開発して複数の電子カルテ間でのデータ交換の実現性を実験室レベルで実証してきた。また、各県とも遠隔医療や救急医療など、それぞれ地域医療情報ネットワークの構築に取り組み、成果を上げてきている。

四国地域では、これらの取り組みの成果を実フィールドへ適用・展開することにより、県域を超えた医療機関連携を可能にし、先に述べたような医療資源の偏在が解消できることに期待が高まっている。



2. 目的

四国4県が協力して県の枠を越え住民の生活圏に合った電子カルテネットワークシステムを構築する。これにより、医療機関相互の情報共有化を実現し、医療資源の偏在にも対処できる4県連合の高度医療提供体制を築くことにある。

構築した電子カルテネットワークは実証実験により、システムを改善・整備して行くとともに実診療に役立てる。

県の枠を越えた大規模なシステムでは、異なるメーカの電子カルテや多くの検査会社がネットワークに加わるため、これらを連携するための標準化が必要になる(図1)。


図1.四国4県電子カルテネットワーク(クリックで拡大)


本プロジェクトにおける電子カルテネットワークシステムの特徴は以下のようにまとめられる。

1)診療情報の県域を超えたネットワーク連携を可能とした
2)異なる電子カルテシステム(8社)相互においてデータ連携を可能とした(表1)
3)異なる検査会社(5社)のデータとの連携を可能とした(表2)
4)世界標準フォーマットのXML、HL7の採用で他システムの参画を容易にした(表3)
5)これまで運用していた「周産期医療ネットワーク(県事業)」 、「在宅健康管理ネットワーク(大川郡3町)」と電子カルテの連携を実現した。
6)テンプレート作成機能による操作性の優れたユーザーインターフェースを開発した

これらによって、高度医療供給体制を整備して行くとともにデータセンタに集積・保存された情報をEBMなどの二次利用に活用できる体制を整えていく。
なおネットワークとデータセンターのサーバに関しては、STNetと横河電機が担当した。

徳島県

テック情報株式会社

香川県

株式会社イノベイト
富士通株式会社
オリンパス光学工業株式会社
株式会社STNet
株式会社ナサ・コーポレーション

高知県

富士通株式会社
三洋電機株式会社
株式会社ビー・エム・エル
株式会社エスアールエル

愛媛県

日医総研

(表1.参加した電子カルテ開発ベンダー)



(株)四国中検

(株)ビーエムエル

(株)エスアールエル

(株)ファルコバイオシステムズ

(株)福山臨床検査センター

(表2.参加した検査会社)



(1)日本医師会 総合政策研究機構作成の要求定義書

(2)電子保存された診療録情報の交換のための
   データ項目セット(J-MIX)

(3)XML

(4)HL7

(5)MEDIS-DC
  (標準病名マスター、標準手術・処置マスター、
   標準医薬品マスター、標準医療材料マスター)

(6)DICOM

(7)日母標準フォーマット

(8)ORCA(日本医師会版電子カルテ)

(表3.開発に当たって参考とした標準規格等)



3. 開発システムの概要と特徴

四国の医療情報システムはこれまで、それぞれ各県の考え方やニーズにもとづき、各県毎に整備されてきており、個々に特長がある。一方、住民の生活圏は交通等の発達により県の枠を越え広がってきている。このため、本プロジェクトは各県の独自性を尊重しながら、四国全域が一体となって機能するようなシステムをめざした(図2)。

すなわち、各県は県域データセンタの県域サーバを軸に県の特長を生かしたまとまりのあるものとし、これらの独自性を吸収して4県の電子カルテがデータ交換できるようにするために4県共通サーバを設けた。


図2.各県の特徴を生かした開発(クリックで拡大)


1)実験プロジェクトの全体像

各県の県域データセンタに県域サーバを設置し、診療所等に設置した電子カルテと接続するとともに中核病院と連携する。また、4県データセンタに4県共通サーバを設置し、各県域サーバと接続する。これによって県内ならびに県をまたがる医療情報の共有を可能にする。さらに、4県共通サーバは各検査センタと接続し、検査結果データを連携して電子カルテで参照できるようにする。

2)システム構成

電子カルテ及び県域サーバは各県の考え方や仕様にもとづき各ベンダーが開発した。また電子カルテと県域サーバ間のデータ連携も電子カルテとの相性等から各県個別のプロトコルを採用した(図3)。

4県共通サーバは信頼性を考慮してUNIXを用いた。また、県域サーバとの連携にはセキュリティを強固にしたUNIXのリモートファイルコピー機能を用いた。

通信回線は県内、県間ともに安価でセキュリティの高いIP-VPNを用いた。


図3.4県のネットワークトポロジー構成図(クリックで拡大)


3)各県の開発内容と構成

・徳島県システム
電子カルテ、県域サーバともに地元ベンダーであるテック情報(株)が地元参加医療機関の要望を盛り込み、Linuxを用いてWeb方式で開発した。

・香川県システム
 富士通(株)が新たに開発したWeb電子カルテに地元ベンダ−の(株)イノベイトが開発したテンプレートを付加した。また、既存の在宅健康管理システム(350端末)や周産期ネットワーク(8医療機関)、香川医科大学の病院システムとも連携し、総合的な電子カルテネットワークを形成した。

・愛媛県システム
 日本医師会のORCA(仮称)レセプトコンピュータシステム上で動作する電子カルテ機能を実現し評価した。既存の愛媛県医師会イントラネットシステム、愛媛県情報スーパーハイウェイ、商用プロバイダ経由のVPN接続を融合し、ブロードバンドに対応した愛媛県下全域を網羅する医療専用ネットワークを構築し、患者紹介状サーバ等、同ネットワーク上で運用するアプリケーションを開発した。

・高知県システム
 実際に使われる事を目標においた。このため、レセコンとの連携実績のある電子カルテにサーバとの連携機能等を追加する方法を採った。また、電子カルテは参加医療機関が自主利用しやすいよう(株)日立ソフテック、(株)エスアールエル、富士通(株)、三洋電機(株)、(株)ビー・エム・エルの5社を採用した。



4. 電子カルテネットワーク連携のデータ伝送の標準化

1)伝送プロトコル

(1)ネットワーク

医療情報のネットワークには、セキュリティ確保やプライバシー保護の観点から十分な対策が必要になる。

本プロジェクトのネットワークは、現在、最も一般的で使い易く安価に構築が可能なインターネット(IPネットワーク)を利用しており、セキュリティを確保するためにIP-VPNで、クローズドなネットワークとした。IP-VPNはIPsecによる暗号化でトンネリングを行っている。

各県域サーバ〜4県共通サーバ間の通信については、すべての個所について回線にルータを利用することが可能であったため、ルータ対ルータでIP-VPNを実現した。

県域サーバ〜クライアント間の通信については、回線にルータを利用する個所についてはルータ対ルータで、ダイヤルアップ接続などルータを利用しない個所についてはVPNクライアントソフトをクライアント側に導入してIP-VPNを実現した。

(2)各県域サーバ〜クライアント(電子カルテ)

各県域サーバとクライアントとの間のデータ連携については、クライアントである電子カルテとの相性から、各県個別のプロトコル(HTTP、SMTP等)を採用している。



2)電子カルテ連携フォーマット

四国4県の各県域内では、それぞれのフォーマットでファイル連携が行われているが、県をこえての患者情報紹介時には、本プロジェクトで規定したJ-MIXタグ名に準拠した四国4県共通のXML-DTDを使用することで、四国4県相互のファイル連携を行った。

(1)ファイル名

ファイル名(58桁)= 紹介元医療機関コード(10桁)
紹介先医療機関コード(10桁)+患者ID(20桁)+日時(14桁).dat

日時は、連携ファイル作成時とし、西暦年(4桁)+月(2桁)+日(2桁)+時間(2桁)+分(2桁)+秒(2桁)の14桁としている(YYYYMMDDHHMMSS)。



(2)ファイルレイアウト
電子カルテの連携に用いるファイルはJ-MIXタグを基本としたXML形式としている(図4)。


図4.異なる電子カルテ間での医療情報交換(クリックで拡大)



3)4県の医療機関における診療情報の実際の流れ

四国各県の診療所に設置された電子カルテは、各県ごとの県域サーバに接続され、さらに各県域サーバは四国4県を統括する4県共通サーバ(高松市、STNet)に接続されている。4県共通サーバは認証サーバとしての機能も保持している。各検査会社(5社)のサーバは、それぞれ個別に4県共通サーバと接続されている。ネットワークはインターネット網を介しVPNで接続され、セキュリティーを確保している。各県内のデータの持ち方、真正性確保、認証、コード体系、通信方法などについては、各県独自としている。

県域をこえて診療情報を伝送する場合、たとえば徳島県内の診療所から愛媛県内の診療所に送る場合には、まずその診療所の電子カルテ内で必要な情報を抽出した後XMLに変換し県域サーバに送る。県域サーバはその情報が他県(愛媛県)であることを自動的に判断し、その情報を4県共通サーバに送る。4県共通サーバは送られてきた内容に応じて、各県域サーバ(この場合愛媛県)に送る。愛媛県域サーバはさらにその内容を当該の診療所に送り、そこに設置されている電子カルテ上に情報が表示される。この様にすることにより、四国各県の診療所から他県の診療所まで正確に情報が送り届けられることになる。



5.臨床検査結果配信の標準化

1)伝送プロトコル

(1)ネットワーク

検査結果データの場合、検査センタからの情報はまず4県共通サーバに送ることにしており、検査センタ〜4県共通サーバ間をIP-VPNでクローズドなネットワークとしてセキュリティを確保するとともに暗号化を行った。検査センタ〜4県共通サーバ間のIP-VPNについては、ルータを利用して通信を行う検査センタはルータ対ルータでのVPNとし、ダイヤルアップ接続などルータを利用しない検査センタはVPNクライアントを検査センタ側に導入しすることによりVPNを実現した(図5)。

4県共通サーバ〜県域サーバ〜クライアントのネットワークについては、電子カルテネットワーク連携(県またがり患者紹介連携)に用いたものをそのまま使用している。


図5.検査会社ネットワークポロジー構成図(クリックで拡大)



(2)臨床検査データの伝送プロトコル

臨床検査データの連携については、HL7バージョン2.3に準拠している。HL7ではXML化書式も検討されている。今回はXMLのタグは使用せず、区切文字によるコーディングルールを採用したが、今後の標準化の動向に柔軟に対応する予定である。



(3)臨床検査データの流れ

検査センタは、診療所等から依頼を受けた臨床検査に対して検査終了後、検査結果データを作成(依頼元診療所への報告データを作成)するタイミング(1日数回、定刻)で、4県共通サーバに送信する。また、緊急を要する検査結果連絡については、個別に検査結果データを作成し、4県共通サーバに送信する。

4県共通サーバは、定期的に検査センタごとの情報を確認し、送信されてきた検査結果データがあれば、検査依頼医療機関コード別に分割後、医療機関の属する県域サーバ毎のアクセス権に更新し、各県域サーバが自県のデータとして受信できるように振り分け処理を行う。

各県域サーバは、定期的に4県共通サーバに問い合わせを行い、自県に該当するデータがあればそれを受信する。

クライアントは、必要な都度、自県域サーバに問い合わせを行い、該当するデータがあればそれを受信する。



2)検査会社と診療所の間の実際のデータの流れ

検査情報に関しては、検査会社はこれまでの様に、診療所ごとに独自のコードで送る必要はなく、四国向けの検査データをHL7の形で4県共通サーバへ一括して送るだけでよい。4県共通サーバではHL7形式の検査データを四国県内の診療所ごとに区分けし、各県域サーバに送り、さらに各県域サーバは各診療所ごとにデータを一括して送る。各診療所用電子カルテは、受け取ったHL7形式の検査情報をさらに患者ごとに区分けし、データベースに取り込む。個々の検査データの表示はもちろん、時系列に応じたグラフ表示も容易に行うことができる。この様にHL7形式で送ることは、診療所にとってのみならず検査会社にとっても大変メリットがあることが確認されている(図6)。


図6.HL7による検査結果配信の利点(クリックで拡大)



6.本プロジェクトの参加医療機関と実施体制

本プロジェクトの実証実験の参加医療機関ならびに実施体制を図7、図8、図9にしめす。


(図7.実証実験の参加医療機関)




(図8.本プロジェクトの体制)




(図9.事業委員会の委員)



7. システムの運用と今後の普及に向かって

本プロジェクトで構築した電子カルテネットワークを14年度から実際に活用する。このため、4県共通サーバ、各県域サーバを24時間安定運転するとともに参加医療機関に対し充実した利用サポートを行う。また、現システムの改善等を14年度も引き続き行う予定であり、実証実験→評価→改善を繰り返す事により、不具合機能や不足機能を発見し、機能改善や機能追加はかり、使い勝手の良い効果の高いシステムに整備して行く予定である。

さらに、14年度は重複検査の抑制、遠隔診断等に大きな効果が期待される検査画像のネットワーク化をしたいと考えている。すなわち、これまでの研究成果等をもとに今回開発した電子カルテネットワークに検査画像を付加して、病・診連携などに活用する。

また、四国から全国へ連携の輪を広げて行くとともに参加医療機関の増大をはかって行きたいと考えている。このため、利用者の増加に応じてセキュリティのさらなる強化や患者さんへの利便性向上をはかって行く必要があり、今後、電子政府と連動したセキュリティ強化やICカードの活用などに取り組んで行きたい。