1 沖縄県立中部病院 〒904-2293沖縄県具志川市字宮里208番地3
2 株式会社サイバー・ラボ 〒319-1106 茨城県那珂郡東海村白方162
E-mail: kyushima_masahiro@hosp.pref.okinawa.jp
1Okinawa Chubu Hospital 208-3, Miyasato, Gushikawa, Okinawa, 904-2293
2 Cyber Laboratory Inc. 162, Tokai, Naka-gun, Ibaraki, 319-1106
概要
「診療ガイドライン」を診療中に提示し医師に推奨し、病診間で個々の患者に対する一貫した治療方針の実現を支援する新しいタイプの電子カルテ(MAJUN)を開発した。開発の要点は以下の三点である。(1)ICPCを基にしたダイナミックなコード生成機能、(2)EBMエンジン、(3)知識の入力・構築インターフェース:ルールビルダ。
沖縄県立中部病院、近隣・離島の診療所8ヶ所にて2ヶ月間運用し、ICPCコード化入力機能、EBMエンジンの動作および有効性等を評価した。その結果、103 件のEBM サポート対象の診察中、ガイドラインに準じた診療は84件で、通常の診療以上に診療ガイドラインが取り入れられていた。システム導入前後診療コスト比較および平均罹病期間比較では、いずれも低下傾向を認めた。以上より、「スタンダードな医学知識」の共通基盤の醸成にEBM 支援機能つき電子カルテが大きな役割を果たす可能性を示した。(キーワード:ICPC、コード化、 EBM、 診療ガイドライン)
We developed a novel electronic medical record technology (Evidence-based Medicine Assisted Judgment by Universally coded Network; MAJUN), which can provide real-time clinical decision support and standardized treatment guidelines for physicians in practice. The core functions of this new technology include: (1) the dynamic medical coding system based on international classification of primary care (ICPC) (2) the clinical decision support system (EBM engine) (3) the medical knowledge-building interface (Rule-builder).
Clinical application trial was conducted by using MAJUN in Okinawa Chubu Hospital, four private clinics in Central Okinawa area, and four remote island clinics. The aim in this preliminary trial was to evaluate actual function and effectiveness of the ICPC coding and the EBM engine. In analysis of overall 103 input cases, guideline implementation was achieved in 84 cases, which was more than expected in usual clinical practice. Final analysis showed the trend for cost reduction, and morbidity data revealed the trend for the shorter symptom duration after introducing this technology.
In conclusion, our electronic medical record technology with EBM clinical decision support can be potential model for implementation of standardized and evidence-based clinical practice.
1 はじめに近年、「一患者、一地域、一カルテ」という患者情報の共有によって複数施設の複数の医師が患者情報を共有するという電子カルテの研究開発が進められている[1]。そのような枠組は今後の病診連携の重要な基盤技術として本開発事業の他のプロジェクトによって様々な試みがなされているが、その枠組においても同じ電子カルテを見た別の医師が、同じ治療方針を持つとは限らない。1人の患者がある病院では手術をすすめられ、他の病院では内科治療をすすめられることもあり得る。
このようなことが起きる背景には、日本の医療界において、臨床統計学など科学的で標準的な医学的知見よりは、個々の医師の日常経験などによる診療方針の決定が重視される傾向が歴史的に存在し、医療そのものが十分に標準化されてこなかったためと考えられる。
今回の経済産業省の電子カルテ事業において、MAJUNプロジェクトでは治療方針に関する数多くの学術文献を総合的に勘案し作成された「診療ガイドライン」[2,3]という教育的リソースを診療中にくり返し提示し、また診療を推奨する電子カルテを開発した。このメカニズムにより、日常的診療の中での継続的な教育を実現し、結果的に個々の患者さんに対し「スタンダードな医学知識」と一貫性をもった医療を多施設で行ない、本質的な意味での「病診連携」を実現する新たな電子カルテを提案し、その開発手法と効果について述べる。
2 EBM支援型電子カルテの基本技術
(1)従来の電子カルテの課題と本テーマ
「カルテ」には「S」(主観表現:Subjective)、「O」(客観表現: Objective)、「A」「診断・評価」(Assessment)、「P」方針(Plan)の4つのコンポーネントがあるが、電子カルテにおいて、後者二つ、「A(診断)」と「P(検査・治療指示)」は内容が定型的に決まっており、コード化されている[4]。一方、「S(症状)」と「O(所見)」の記述は、従来の電子カルテでは基本的にはフリーテキストである。このSOの経過の記述に診察の過程が表現されているが、フリーテキスト状態の記録からでは個別の患者に対する診療行為を分析できず、標準診療ガイドラインとの比較分析をすることができないという問題を抱えている。図1は、この問題解決への手法を示したものであり、開発1〜開発3に至る過程が本研究のテーマである。
図1.電子カルテの課題と本テーマ
(2)診療過程のコード化
「S(症状)」のコード化に関しては、既に体系化されたコードを有しているICPCコード[5,6,7]を用い、さらに実診療に耐えるようにより詳細なコードの拡張を行った。図2は、コード化の手法を示すものであり、図の例に示すようにICPC愁訴コードの「咽喉の症状:R21」に関して、頭痛の有無を記述する「拡張サブコード」とさらにその症状がどのように発現しているかを記述する「症状修飾語サブコード」を拡張している。ICPCコードを基にこれらの拡張を行うと、症状をカバーするだけで数十万から数百万のコード数になることが想定されるため、ここでは図に示すように「ICPC愁訴コード」、「拡張サブコード」、「修飾語サブコード」の3つの事象を正規化し、3つの事象から電子カルテの入力時に対応するコードを抽出し、ダイナミックにコードを生成する仕組みを構築した。これにより2千以下のコード数で広範囲な症状の事象を詳細に記述できる見通しが得られた。
図2.コード化手法(3)EBMエンジン(知識生成技術)
実診療データをコード化することにより、診療時にリアルタイムで診療ガイドラインと比較し、現時点で推奨される診療方針を提示することが可能となる。今回の開発では、医師が診断を下した後に、その診断名を基点に診療方針を推奨するEBMエンジンを開発し、電子カルテにプラグインする機能を実現している。
EBMエンジンは、電子カルテで入力されたコード化データをEBMデータベースに蓄積する診療データ取得部と、ガイドラインルールを用いて診療方針を推奨するルール処理部に分かれる。診療データ取得部では、電子カルテDBに様々な形式で保存されている診療データを、「コード」と「値」に正規化して保存する。これにより、ルール評価を高速に行うことが可能になっている。図3にEBMエンジンのブロック図を示す。
EBMエンジン
ルール処理部では、ガイドラインルールを用いて推奨診療方針を導出する。一般にEBMのガイドラインは計算機処理に向いた形にはなっていないため、まず、それらを決定木方式での表現に変換した。次に、入れ子構造になった関数と演算子からなる一種のルール評価言語を開発して、決定木の各分岐ノードを計算機処理可能な形で表現した。このルール作成のために、ルールビルダと呼ばれる作成ツールも開発した。ルールビルダでは、決定木をビジュアルに表現し、その追加・削除や編集、分岐ノードの作成をサポートし、ガイドラインルールの作成や修正を簡単に行えるようになっている。
3 EBM支援型電子カルテの実現
(1) EBM支援型電子カルテの実装
図4に実装した電子カルテの画面を示す。症状、所見、および診断終了後EBM機能を呼び出し推奨ガイドラインを提示させた例である。またその推奨の根拠となる診療ガイドラインや文献を、電子カルテ自身のデータベース、およびインターネットを検索し表示する機能も実現している。患者情報並びにEBM知識はUNIXサーバ上にデータベース化し、MacOS-Xのクライアントマシン上にEBM電子カルテ(MAJUN)を実現している。
4 EBM支援システムの有効性評価
今回開発した電子カルテMAJUNを評価するために沖縄県中部地区医師会の診療所、沖縄県立中部病院、および沖縄県立各離島付属診療所にて、2ヶ月間運用し、評価を行った。ICPCコード化入力、EBMエンジンの実験対象の疾患としては、高血圧、膀胱炎、咽頭炎の3疾患を選定し、これらの疾患ついて入力効率の評価やEBMサポートの有効性などについて評価を行った。
(1) ガイドライン外診療発生比率分析
103件のEBM サポート対象の診察のなかでガイドライン外の診療として抽出されたものとしては、EBM リアルタイム推奨の中で医師が推奨治療を不採用にした診療が10件、使用薬剤がEBM推奨と異なる診療が7件、使用薬剤の投与日数が推奨と異なる診療が2件であった。予想以上に診療ガイドラインとの一致率をみたが、これは沖縄県立中部病院における診療内容がすでにEBMに即した診療をおこなってきていたことを示していると思われる。
(2) ガイドライン外診療原因分析
(a)中部病院においては登録されたすべての患者についてEBMサポートが利用されていたが、ガイドライン外診療については研修医による判断が大部分を占めていた。研修医の場合は指導医と比べて診療内容に未だ未成熟の部分があり、そのためにガイドライン外診療の頻度が研修医で増えていたのではないかと思われる。
(b)診療所においては、登録患者数が少ないため入力方法の習得に時間がかかり、EBMサポートの利用については習得途上の状況であった。
(3) ガイドライン外診療発生傾向分析
ガイドライン外でも妥当な診療であるという利用者からの意見や提起は認められなかった。
(4) システム導入前後診療コスト比較評価
診療報酬合計を各疾患において分析を行った結果、統計学的には有意な差を見ることはできないが、点数そのもののトレンドとしては3疾患すべてにおいてコスト低下傾向が見られた。より多くの症例による検討においては、有意なコスト低下を確認できるものと思われる。これらより、EBMの実践は医療コストの削減につながるものと期待できる。
(5) システム導入前後罹病期間比較評価
平均罹病期間を膀胱炎と咽頭炎の2疾患において分析を行った結果、統計学的には有意な差を認めてはいないが、平均罹病期間そのもののトレンドとしては期間短縮傾向が見られる。これらより、より多くの症例による検討においては、有意な平均罹病期間短縮を確認できることが期待される。EBMの実践が医療の質を改善することを示すデータと思われる。
5 まとめ
今回の電子カルテMAJUNの開発と実験により、「スタンダードな医学知識」の共通基盤の醸成にEBM支援機能つき電子カルテが大きな役割を果たす可能性を示すことができたと考えられる。
今後は、ICPCインターフェースの機能検証のため、数多くの入力が行われる施設に限定して運営を継続し、インターフェースのさらなる改善をおこなって行きたいと考えている。我々は診療ガイドラインを用い、まずA→Pの過程の分析から開始したが、今後十分実用に耐えるようになった段階でデータの蓄積を進め、S→O→A の過程に対するEBMサポートの可能性を模索して行く予定である。
EBMエンジン機能は、知識の投入によりその動作を更に追求しながら知識のコード体系の検討やロジックの改善を図って行く必要があり、今後は全病院的規模でEBM委員会のメンバーを再構築し、または外部の有能な人材の投入をはかるなど、この委員会の充実を図るとともに、厚生労働省の20のガイドラインも念頭に置きながら、計画的にガイドラインの整理をすすめ、本格的運用を目指して行きたいと考えている。
本研究開発は、MEDIS-DCが平成13年度に行った「先進的IT活用による医療を中心としたネットワーク化推進事業」に参画して行われたものである。
謝 辞
今回のEBM支援型電子カルテMAJUNの実験・開発に参加、協力していただいた下記の方々に感謝いたします。(順不同)
中部地区医師会長 金城進先生
中部地区医師会事務局
コザクリニック 川平稔先生
まつしまクリニック 松嶋顕介先生
永山脳神経クリニック 永山一郎先生
ファミリークリニックきたなかぐすく
佐藤健一先生
県立那覇病院附属阿嘉診療所 田仲斉先生
県立八重山病院附属小浜診療所
柴田俊一先生
県立八重山病院附属西表西部診療所
高良剛先生
県立八重山病院附属波照間診療所
山川宗一郎先生
県立中部病院救命救急センター
宮城良充先生
中部病院内科(病診連携室) 砂川博司先生
中部病院医療情報科 嘉手苅林俊氏
中部病院医療情報科 久高清美氏
(株)サイバーラボ 開発メンバー一同
(株)横河電機 飛田政仁氏
(株)横河電機 松田明良氏
(株)アイミス開発 銘苅達治氏
また、下記の方々からは有用なコメントや情報を頂き、感謝致します。(順不同)
中部病院泌尿器科 新垣義孝先生
中部病院感染症内科 遠藤和郎先生
中部病院内科 豊永一隆先生
中部病院内科 金城正高先生
中部病院内科 仲里信彦先生
中部病院内科 松本強先生
中部病院内科 玉城仁先生
中部病院内科 菊池馨先生
中部病院内科 上原元先生
中部病院内科 砂川博司先生
中部病院内科 小林竜司先生
中部病院内科 宮良忠先生
中部病院内科 喜舎場朝和先生
中部病院内科 和気稔先生
中部病院内科 金森修三先生
中部病院内科 宮平健先生
最後に本研究開発の推進において有益な助言と協力を頂いたMEDIS-DCの関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
引 用 文 献
1.先進的IT活用による医療を中心としたネットワーク化推進事業、「電子カルテを中心とした地域医療情報化」成果発表会、3月5日、2002.
2.Evidence-Based Medicine: A New Approach to Teaching the Practice of Medicine. Evidence-Based Medicine Working Group. JAMA. 1992 Nov 4; 268(17): 2420-5.
3.Evidence-Based Medicine: What it is and what it isn't.David L Sackett, William MC Rosenberg, JA Muir Gray, R Brian Haynes, W Scott Richardson. BMJ 1996; 312:
4.International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems,Tenth Revision:ICD-10
5.日本プライマリ・ケア学会: プライマリケア国際分類(日本語版)
6.山田隆司,吉村学他:日常病・日常的健康問題とは-ICPC(プライマリケア国際分類)を用いた診療統計から(第1報), 日本プライマリケア学会誌,第23巻第1号, 2000.3
7.白石由里: 外来診療におけるコモン・プロブレム, JIM Vol.12 No.2 2002.2