ネットワーク型電子カルテによる病院・診療所連携情報システム

− OCHIS プロジェクト −

松村泰志
OCHISプロジェクトチーム


1 はじめに

大阪地区の病院・診療所間の医療連携を推進することを目的としたプロジェクトを発足させ、OCHIS(Osaka Community Healthcare Information System)と名付けた。本プロジェクトでは、2つの課題に取り組んだ。第一は、コンピュータネットワークを利用した診療情報提供書の交換である。現在、医療施設間の診療情報の交換は、紙の診療情報提供書により行われている。これを電子化し、より簡単に豊富な情報が交換できることを目指した。地域医療連携は、実際に地域で受け入れられ、利用されることが重要である。診療情報提供書の電子化は現状の運用形態をコンピュータネットワークに置き換えたものであるので、現実の診療の中で受け入れられやすいと思われる。第二は、ASP(Application Service Provider)方式による電子カルテシステムの開発である。この方式であれば、複数の診療所が、あたかも病院の診察室のように、共同して診療に当たる体制を取ることが可能となり、より密な医療機関連携を実現することができる。また、診療所医師が、診療所システムの管理の負担から開放されること、システムにかかる費用が抑制できることなどの利点も期待できる。この方式による連携は、特定の医療機関間の強い連携を取る場合に適している。

本稿では、この2つの課題について、システム仕様、稼動状況について報告する。



2 地域連携のためのネットワーク

本プロジェクトのネットワークは、診療情報連携支援センターを設置し、これにそれぞれの医療施設がネットワークで接続する形態とし、1.5MbpsのADSLの地域IP網を利用した。通信には、PKI(Public Key Infrastracure)によりセキュリティー上の安全性を高めた。センターには、認証局、属性認証局を設置し、各医療施設には、メッセージ交換クライアントを設置した。病院では、地域医療連絡室に1台クライアント装置を設置した。認証は、認証局から発行された秘密鍵と公開鍵証明書をICチップに格納したカードにより行った。センターへアクセスする際に、ICカード内の公開鍵証明書を属性認証局へ送信し、本人の認証を行った後、設定された属性証明書を発行する。各アプリケーションサーバは、属性証明書をチェックし、属性に与えられたシステム、データへのアクセス権限を付与する仕組みとした。



3 電子診療情報提供システムの概要(図1)

(クリックで拡大)

診療情報連携支援センター内に、メッセージ交換サーバを置き、これを中心に診療情報提供書情報が交換される仕組みとした。メッセージ交換サーバは、Webサーバであり、メッセージ交換クライアント上のInternet Explorer上で登録・照会ができる。

各診療所では、それぞれの電子カルテシステムで診療情報提供書を作成する。診療情報は、患者基本情報、情報提供元情報、情報提供先情報、情報提供書の内容(目的、傷病名、挨拶文、既往歴、家族歴、現病歴等)、添付ファイルからなる。この内、情報提供元情報は、ログインしたユーザ情報から自動的に登録され、紹介先情報は、データベースに登録されている医療施設および医師から選択することを可能とした。これらの情報は、J-MIXに準拠したXML形式のファイルとして出力し、このファイルを、メッセージ交換クライアントに取り込ませ、署名を付けてメッセージ交換サーバに登録する1,2)。メッセージ交換クライアントのプログラムは、直接、診療情報提供書を書き込める機能も持つ。従って、電子カルテシステムがなくても、電子診療情報提供システムを利用することは可能である。メッセージ交換サーバでは、署名を確認し、XML文書をメッセージ交換データベース、添付ファイルを添付ファイルデータベースに登録し、ログを記録する。

メッセージ交換サーバは、診療情報提供書を受け取ると、自動的に送り先にメールを送信する。情報の受けて側のユーザは、自分宛に来た診療情報提供書のリストを閲覧することができる。新着の診療情報提供書を開封操作をすると、サーバ側にフラグが登録され、未開封の提供書と区別される。更に、提供元ユーザに対して簡単なコメントを送ることができる。これらの操作により、送り手側では、診療情報提供書が開封操作がされたことが確認でき、また、回答がされた場合には、このメッセージを受け取ることができる。

病院内のシステムは、病院情報システムが関連するため、病院毎に詳細部分は異なるが、基本的な機能は共通している。ここでは、大阪大学医学部附属病院の例を紹介する。メッセージ交換クライアントシステムから、診療情報提供書の本体、添付ファイル、フォルダーの内容を記録したindexファイルをtarファイルとして一つのファイルに変換したものがダウンロードできる。このファイルを、病院情報システムの端末に移し、管理ソフトを起動して、病院内の診療情報提供書管理サーバに取り込む。この管理サーバは、院内用のwebサーバとなっており、病院情報システムの端末からアクセス可能となる。地域医療連絡室の職員は、紹介を受けた医師に対してメールを送信する。メールには、アクセスすべきURLと紹介状のIDが記録されている。主治医は、メール本文に記載されたURLをクリックすることにより、院内webシステムの該当のディレクトリに入り、メールで通知されたIDを入力すると、その診療情報提供書が表示される。ここには、添付ファイルの一覧も表示されており、これを選択することにより添付ファイルが閲覧できる。紹介状を作成する場合は、電子カルテシステムから、患者選択後、診療情報提供書を作成のためのプログラムを起動し、ここで文書を作成する。ここで作成した文書は、電子カルテサーバに記録される。また出力指示をすると、このデータがJ-MIXに準拠したXML形式として出力され、このデータを引き継いだ形でデータ送信のためのプログラムが立ち上がる。ここで、添付ファイルを指定し、宛先を指定して送信ボタンを選択すると、診療情報提供書、添付ファイル、indexファイルがtarでくくられて院内のメッセージ交換クライアントにftpで送信される。地域医療連絡室の職員は、送信されてきたファイルをメッセージ交換クライアント機能によりメッセージ交換サーバに登録する。

本システムにおいて、ユーザ管理は重要である。新規に医療施設を追加する場合は、その権限を持つユーザにより登録できる。また、病院では、院内に、職員の追加、削除、属性値を修正できる権限を持つユーザを置き、このユーザにより可能とした。電子カルテシステムと連携する場合、宛先を電子カルテシステムから選択できる機能が必要である。センターサーバから宛先リストのデータをCSV形式でダウンロードし、これをそれぞれの電子カルテシステムに組み込み、各電子カルテシステムから直接宛先を選択できるようにした。

本プロジェクトの実証試験に参加している医療施設は、大阪大学医学部附属病院、国立大阪病院、大阪市立大学医学部附属病院、城東中央病院と大阪府下の18診療所である。



4 ASP型電子カルテシステムの概要

ASPによる電子カルテシステムとは、電子カルテ、オーダ、医事のサーバをセンターに置き、各診療所に端末だけを置く形態で各種アプリケーションを利用するものである。病院情報システムは、コンピュータルームにサーバ群を置き、各診察室、外来会計窓口等に端末が配置され運用しているが、これと同じ構造を、広域ネットワークに展開することになる。

今回の実験では、病院情報システム用に開発された日本電気社製のアプリケーションを利用した。電子カルテシステムはMegaOak-NEMR、オーダリングシステムはMegaOak−ORDER、医事システムはPC-IBARSである。MegaOakシリーズは、MicrosftのMessage quereによる非同期のメッセージ交換をベースとして構築されている特長がある。MegaOak-NEMRのデータベースは、追記のみ許す仕組みとなっており、この中で修正機能を持たせている。また、クライアント側に取り込んだ患者データは、暗号化されてクライアントのハードディスク内のデータベースに保持する性質があり、サーバ側には、追加データのみ要求する仕組みを持つ3,4)。この仕組みをASP型診療所電子カルテで利用した場合、患者のデータ登録は、常に診療所の端末からとなり、当該診療所の患者について、クライアント内のデータベースと電子カルテサーバのデータベースは同一となる。即ち、電子カルテサーバは、複数の診療所の電子カルテデータベースのリアルタイムのバックアップを持っていることと等しくなる。

ASP型電子カルテでは、本来の病院システムの機能のままであれば、診療所間で情報が共有されることになる。幾つかの診療所がグループを結成して診療に当たる体制をとるのであれば、これは望まれる機能であるが、一般には、異なる診療所間で全ての患者情報を共有する体制は必ずしも望まれない。そこで、ASP型電子カルテシステムでは、それぞれの診療所で他の診療所の患者データを見えなく設定できる機能を追加した。また、医事データについても、それぞれで他の診療所の会計データが見えないように設定した。

診療所システムでは、オーダリングシステムの内、処方オーダ、検体検査オーダ、処置オーダ、病名登録が重要である。診療所のオーダリングシステムは、オーダ即実施モードでの登録が原則となる。オーダデータは、オーダデータベースに取り込まれ、医事端末から会計計算の指示があると、医事システム側にデータが取り込まれ、会計計算処理をした後、結果が端末側に送り込まれる。従って、診療所端末とセンターサーバ間を流れる患者データとしては、医事端末から患者登録時及び最初に電子カルテシステムから患者選択した際の患者基本データ、診察室端末から診察終了時に送られる患者の診察記録データとオーダデータ、医事会計処理時の会計処理の結果データとなる。また、患者情報以外では、ログイン後及び一人目の患者を選択時に様々な設定ファイルがサーバ側から端末側に送り込まれる。



5 結果

1)電子診療情報提供書システム

電子診療情報提供書システムを実証実験参加医療機関で評価した。実患者での紹介状の件数は77件であった。この内、64件の紹介について、診療所医師から本システムの満足度についてのアンケート調査の回答を得た。大変満足、満足、普通、不満、大変不満の5段階の選択肢のうち、大変満足が58件、満足が5件、それ以下は1件であった。また、紹介した患者に対しもアンケート調査を実施したところ53人から回答を得た。この内、49件が大変満足、4人が満足、それ以下は0件であった。以上より、本システムの有用性は、医師、患者双方から良好と評価されていることが分かった。

2)ASP型診療所用電子カルテシステム

ASP型電子カルテを6箇所の診療所で稼動させた。一人目の患者のカルテ表示に著しく時間がかかり、ユーザに不快感を与えた。1ケースについて計測したところ1分27秒であった。二人目以後の患者については、大きな問題と感じるほどの時間はかからなかった。計測では、17秒であった。一方、オーダの登録、診察記録の登録などの部分では、リスポンス上の問題はなかった。但し、1つの診療所では、殆ど使用できない状況であった。ここでの回線状態は、pingの折り返しについて10回に3回がtime outを起こす状況であった。

本システムの利用についてアンケート調査を行ったところ、応答速度について、1人は早い、2人が普通、3人が遅いと感じたとの回答であった。信頼性について、4人がサービスの停止はなかったと回答したが、1人が時々、1人が頻繁に停止したと回答した。リスポンスが遅くなる事象について、5人が起きなかった、1人が頻繁に起きたと回答した。



考察

1) 医療機関を結ぶネットワーク

広域ネットワークのプロジェクトでは、患者情報という高い機密性が要求される情報を交換するのに、どのようなネットワークインフラを利用するべきかが問題となる。本プロジェクトでは、ADSL上の地域IP網に、PKIで更にセキュリティーを確保したネットワークを利用した。地域IP網を使うことにより、インターネットより安全なネットワークが確保できる。しかし、こうした医療機関に閉じたネットワークも、利用者が多くなるにつれ、安全性が低下すると考えるべきである。一方、PKIを取り入れるのであれば、インターネットで通信しても、通信上の安全性は確保される。但し、各医療機関は、firewallを設置して、外部からのハッキングから防衛する必要がある。本プロジェクトでは、地域IP網を利用することにより、各診療所との接続点には、ルータのみでfirewallは設置しなかった。今後、医療機関が更に増える場合でも、センター側の各診療所との接続点にfirewallを置き、各診療所に負担をかけずに安全性を確保する予定である。



2) 電子診療情報提供システム

本電子診療情報提供書システムは、4病院、18診療所で実運用させたが、きわめて有効性が高いことが示された。本システムは、紙の紹介状に比べいくつかの利点がある。第一は、診療情報提供書の搬送に患者等の人手を介する必要が無い点である。患者が急病を発症し、他の医療機関に緊急入院した等のことがあると、迅速な情報転送の意義が大きくなる。第二は、添付ファイルとして画像データが送れる点である。現状では、フィルムを院外に貸し出す手続きは必ずしも簡単ではない。本システムで簡単に画像が転送できる点は意義が大きい。画像は、デジタルカメラで撮ってデジタル化する方法でも有効な画像が得られた。第三は、簡単、迅速に診療情報提供書が作成できる点である。宛先、自分の名前、患者の基本情報、挨拶文、封筒の表書きなどを記載する必要がなく、本文の記載に集中できる。また、電子カルテ上のデータを簡単にコピーできるので、データを書き写す作業も不要となり、効率的となる。実証期間中に、脳梗塞を発症し入院した患者について、発症前に通院していた診療所で保管されていたMRI画像、経過を、本システムで病院に送信した。本システムがなければ患者の家族に搬送を依頼しなければならないところであった。また、別の症例で、病院を受診した患者の胸部レントゲン写真に、肺野に異常陰影が認められ、前医で既に認められたものであったのかを、本システムで問い合わせし、前医の胸部レントゲン写真の画像が転送され、以前の所見と変化がないことを確認し、問題が解決された。このように、本システムは、単に便利であるという以上に、病院診療所間の情報交換により、効率的で効果的な医療が実現できた症例があった。

本システムの導入は、診療所側では比較的容易であったが、病院側では、地域医療連絡室を介したシステムが必要であり、考慮すべき点がいくつかあった。まず、地域医療連絡室に届いた診療情報提供書を診察室に届けるためのシステムが必要であること、診察室で作成した診療情報提供書を地域医療連絡室を介して、診療所に届けるためのシステム及び運用の確立が必要である。第二は、ユーザ管理である。病院の場合、医師数が多く、特に大学病院では入れ替わりの頻度が多い。病院の個々の医師を地域医療連携のユーザとしてみなす運用は、やや無理があると思われた。



2)ASP型電子カルテ

広域のネットワークを利用すれば、病院に導入されているシステムを、ASP型の診療所用システムとして利用することが可能となるはずである。即ち、病院のコンピュータルームに置いているサーバ群を、地域のセンターに配置し、それぞれの診療所では、端末のみを配置してネットワークで通信して処理を行う形をとる。広域ネットワークでも、費用をかければ、院内のネットワークと同様、高速で信頼性の高いものが利用可能であり、技術的問題は殆ど解決される。しかし、ネットワークの経費が高額となり、コストが現状のスタンドアロンのシステムに比し高額になると、市場に広まるとは思えない。従って、ASP型電子カルテシステムの技術的課題は、あまり高速でないネットワークインフラを利用しながら、ユーザを満足させる性能を引き出すことにある。今回導入したシステムは、患者情報の交信にMessage queueを使っていること、患者情報が全て端末側に存在するので、大きなデータ受信が発生しない点で有利である。しかし、実際に、この構成でシステム構築した場合、1人目の患者を選択して表示されるまでの応答速度が著しく遅くなることが判明した。この間、システムは、医師の設定情報やテンプレート情報をサーバ側から取得している。病院の場合、医師が常に同じ端末で操作するとは限らないので、個人毎の設定情報は、ログイン後、特にカルテ画面を表示する設定情報は、1人目の患者を選択した後にサーバからダウンロードする仕組みとなっている。この通信は、高速ネットワークを利用している場合には、さほど問題とはならなかったが、低速のネットワークでは、大きな負担となり、リスポンス低下の原因となった。しかし、診療所の場合、ユーザが異なる端末で処理することは無い。つまり、こうした設定ファイルは、端末毎に初期設定し、内容の更新直後のみ通信する仕組みに変更しても問題は発生しないはずである。現在、この方針でシステムを改良中である。その他の部分では、予想通り、大きな遅延は発生していない。

ASP型電子カルテシステムを、ADSLをインフラとして利用することについて評価した。ADSLは、設置する場所によって性能が大きく異なることが判明し、特に条件の悪いところではADSLは適さない。また、電子カルテシステムは、対称の通信であるが、ADSLは、通信が非対称であり下りが優先される点でも適当でない。但し、上りに大きな情報が流れる診察終了後の処理は、バックグラウンドで行われるため、実際には、ユーザが実感する速度にあまり影響しなかった。

 今回、病院用に開発されたシステムを、ASP型の電子カルテシステムとして利用したが、幾つかの点で改良が必要であることが判明した。しかし、これらは比較的簡単に解決できる問題であり、ASP型電子カルテシステムは、現実性のある方法と考えられた。

 

OCHISプロジェクトチーム

プロジェクト総括:千里国際情報事業財団

システムの開発:デジコム、NTT西日本、松下電器、三洋電機、日立ソフテック、日本電気、富士通、ハーバソフト、マルチメディア協同組合

診療所:高橋徳、板谷則彰、福田正博、中村積方、千福貞博、古林光一、江川雅昭、本出馨、忌部実、奥田平治、中浜誠、濱田恒一、林健郎、山本義久、畑直成、井谷岩夫、長野正広、岡本頼治、山本啓介、真嶋敏光、泉岡利於、藤田峻作、松岡正巳

病院:城東中央病院(井川澄人、坂口卓司)、大阪市立大学附属病院(朴勤植)、国立大阪病院(楠岡英雄)、大阪大学医学部附属病院(松村泰志、武田裕)





引 用 文 献



1. 医療情報システム開発センター:平成11年度電子保存された診療録情報の交換のためのデータ項目セットの作成 報告書, 2000

2. 木村通男,大江和彦,作佐部太也 他:MERIT-9紹介状形式によるHIS-PC間病診連携.20(3): 87-94, 2000

3. 松村泰志:電子カルテと病院情報システム−診療情報の包括的管理と利用− 医療情報学 21(3): 211-222, 2001

4. Matsumura Y, Kuwata S, Kusuoka H, Takahashi Y, Onishi H, Kawamoto T, Takeda H. Dynamic viewer of medical events in electronic medical record. Medinfo' 2001 648-652, 2001