八幡 勝也
(財)九州ヒューマンメディア創造センター
1 はじめに
現在、急速なIT技術の進歩により、従来では紙で行われていた紹介逆紹介をコンピュータ通信でより緊密で、しかも受診者にとっても利便性の高いシステムの構築が可能になっている。
その基盤としていずれの機関が主体として運用するべきかの問題がまず第一に浮上する。全国には78の医師会病院があり、そのうち26病院が地域支援病院に指定されていて、医師会と連携して緊密な病診連携を行っている。地域医療を運営する主体は地域医師会であるが、情報連携の運営主体が他の組織になった場合には、医師会の方針とは異なった運営になりやすいことがある。また、医師会が運営主体になっても、医師会員の会費で運営している医師会においては、初期投資は補助が出ても、メンテナンス費用を捻出することが困難である。
従来地域医療で築かれてきた基盤は極めて重要である。その地域の医療への需要から発生し、地域医師会を中心に行政や地域中核医療機関と歴史的に構築してきた関係の基盤は、システム化する場合にそのまま重要な設計方針となる。
これらを総合すると、医師会病院のような事業を運営する医師会が主体になって、従来の地域医療の運営方法をシステム化することは全体的に言って無理のない方向であると言える。
今回我々はこの既存の連携システムを基盤にした地域医療連携システムを構築した。
2 背景
宗像医師会は、昭和61年に医師会会員の共同出資により医師会病院を設立し、この医師会病院を中心に宗像地域の1市3町1村(宗像市、福間町、津屋崎町、玄海町、大島村)と共同で宗像地域医療センターを構築・運営している。
宗像医師会病院は、現在も開放型病院として診療所の主治医と医師会病院の主治医が共同で診療を行い、濃厚な病診連携が構築・運営されている。そのため医師会病院の紹介率は93%で、地域支援病院の指定を受けている。また、宗像医師会病院は内科、外科、放射線科、透析科が主な診療科であるので、他の疾患については地域の専門診療所に逆紹介をして診療してもらわねばならない。
このように宗像地域においては、医師会会員と医師会病院が協力して地域医療を支える体制が整っている。しかし、病院の情報化については、平成12年時点で手を付けたばかりで、外来処方のオーダリングと薬剤、給食の部門システムが連携無く存在しているだけであった。
医師会会員から宗像医師会病院への紹介は8割がCT, MRI, 内視鏡などの画像検査を中心とした精密検査で、残り2割が急性疾患による入院加療である。よって、病棟オーダリング情報、臨床検査情報、画像情報をデジタル化して、共有しやすくすることで、病院と診療所間の情報交換がより密接になる可能性が高い。
よって、我々は医師会病院のオーダリングや検査結果の情報を共有化することで、地域医療情報のIT化と連携の強化が図られると考えシステムを構築した。
そのためには、以下の3項目の実現を目標とする。
(1)宗像医師会病院と地域医療機関との情報共有化基盤の構築
・情報共有のための宗像医師会病院医療情報のIT化
・宗像医師会病院業務のネットワーク化による業務の効率化と安全性の向上
(2)1地域1患者1電子カルテシステムの構築
・患者個人単位の地域共有電子カルテシステムの構築
(3)地域の協力医療機関間の情報連携を実現
・情報共有による医療情報開示と医療内容のチェック機能
・ 保健・福祉機関など医療機関以外と医療機関との情報連携
・ 患者のプライバシーを保護しながら簡便に利用できる情報利用システム
・ 情報利用システムの可能性の拡大とコストダウンを実現するモバイル通信の導入
3 開発システムの概要と特徴システム構成の概要は以下のとおりである。
(1)宗像医師会病院
宗像医師会病院内には院内システムとして以下のシステムを追加する。
- 電子カルテシステム【A】
診療記録情報を入力参照するシステム。- オーダリングシステム【B】
既存のオーダリングシステムにオーダ種別を拡充する。- 検査システム【C】
既存の検査機器の情報をオンライン利用可能にする。- 画像システム【D】
既存の放射線機器の診断報告書をオンライン利用可能にする。- 病診連携システム【E】
病診連携を行う為に、逆紹介情報を管理する。- 業務情報共有システム【F】
院内文書情報を共有する。
(2)宗像地域電子カルテ管理センター
宗像地域住民の医療情報を共有するために以下のシステムを導入する。
- 地域電子カルテシステム【G】
患者医療情報を管理するデータベースシステム。- セキュリティシステム【H】
プライバシー保護と医療関係者の認証を行う。
(3)参加機関
電子カルテシステムを利用する機関で以下の種類がある。
診療所10施設、急患センター1施設、介護福祉施設1施設
- 診療所向け電子カルテシステム【I】
診療所を対象とした小規模電子カルテシステム。- 地域電子カルテ利用システム【J】
地域電子カルテシステムの情報を参照するシステム。
図1 宗像地域医療ネットワークシステム構成図
宗像地域医療ネットワークシステムの運用概念図を下記に記す。
(図2)
図2 宗像地域医療ネットワークシステム運用概念図
4 実証実験の概要
実証実験の期間は、平成13年12月1日から平成14年2月23日で、この間の登録患者数は、診療所から宗像医師会病院への紹介が84名、宗像医師会病院から診療所への紹介が7名の計91名であった。評価対象は、期間中のアクセス、協力医療機関の医師、受診患者である。評価方法は、アクセスに関してはアクセスログからアクセス数及びアクセスページを集計した。協力医療機関の医師はファックスでアンケートを送付し返事もファックスで行った。受診患者はアンケートを郵送し、返事も郵便でおこなった。
1. 登録患者数の変化
期間中の新規登録患者数を週単位でまとめたものを図に示す。このように利用期間が長くなるに従って登録患者数が増加し、週当たり10名以上の登録が続くこととなった。1診療所当たり1-2名の新規登録がありこれは実際の日常診療から考えて妥当なところと考えられる。
また、患者の紹介理由はほとんどがCT, MRIなどの画像診断のための紹介であった。
(図3)
2. アクセス数
期間中の協力医療機関からのアクセス数を図4に示す。総計で185アクセスあった。当初は、練習としての利用が多かったが、その後は安定し週当たり20前後のアクセスがある。新規登録患者数との関連で考えると1患者当たり2アクセス程度である。
(図4)
3. 利用情報
アクセス情報は、画像診断関係が最も多く、ついでサマリーなどの文書情報であった。電子カルテ情報はアクセスすると自動的に表示されるので、アクセスの比較対象としては適切ではない。以降、検体検査関連情報で、患者基本情報はあまりアクセスは多くなかった。
(図5)
4. 協力医療機関医師の評価
協力医療機関の医師8名にアンケートを送付し、6名より回答があった。その結果を表に示す。
この結果から、システムの使い勝手はあまり良くはなかったが、情報としては有用であったと評価される。また、セキュリティは評価できるレベルにあるとの評価であった。
(表1)
5. 患者の評価
1月末までの受診者39名に対してアンケートを送付し、22名より回答があった。その結果を表に示す。
この結果からは、このシステムに参加した患者からの評価は極めて高かった。特に不安感を感じる患者が1割程度であり、この地域の地域医療が住民から信頼されていることから、この結果が得られたと考えられる。
(表2)
5 実用化方針
実用化方針
費用負担
今回の事業で、多くの機材とシステムを導入した。これらの維持体制については、宗像医師会病院と宗像医師会の間で、実験終了後検討する予定である。
参加医療機関の追加
今回、計10医療機関の参加であったが、今後より多くの医療機関の参加を企画中である。当初39医療機関から参加の希望があったが、10医療機関へ絞った経緯があり、今回の成果を踏まえた上で再度協力医療機関を募集する。
協力組織の拡大
今回の事業では、宗像医師会病院、宗像医師会、その関連の保健施設を対象としたが、今後このシステムの利便性を住民に広めるために薬剤師会、行政などとの協議の検討が必要である。
利用運用の見直し
今回の実証実験では、宗像医師会病院に新たに紹介された患者を対象としたが、運用が安定したところで、宗像医師会病院にかかったことのある患者であれば、いつでも登録するように運用を変えて対象者の拡大を図る。
システムの改修
宗像医師会病院のシステムについては、現場との詳細な改善が必要な部分があり、今後協力企業と共に検討する。協力医療機関から指摘の多かったセキュリティに関しても、レベルを落とさずに簡便になる方策を検討の予定である。
6 まとめ
今回、宗像地区で医師会病院を中心とした地域情報連携システムをPHSを用いて構築した。連携システムの評価は高く、今後地域に根ざしたシステムとなる可能性が高い。また、PHSを用いることで準備・メンテナンスのコストを下げることができ、利用場面の拡大も行えた。