Dolphin Project 熊本地域での展開


吉原 博幸、高田 彰、佐藤 純三
田中 亨治、郭 錦秋
Hiroyuki Yoshihara, Akira Takada, Junzo Sato
Koji Tanaka, Guo Jinqiu

熊本大学医学部附属病院 医療情報経営企画部

Medical Information technology & Administration Planning,
Kumamoto University Hospital


抄録
 地域で医療情報を安全かつ適切に共有することによって、患者サービスの向上、医療の質的向上、医療の効率化を実現するシステムを構築した。患者が複数の病院を受診しても、カルテ情報はセンターで一元化され、診療の継続性が確保され、患者は自宅から自分のカルテを閲覧出来、インフォームドコンセントに役立つ。
はじめに

 従来から熊本市では、医師会を中心に、医療のIT化による患者サービスの向上を目的としてWWW(ホームページ)、電子メイルによる連絡網の整備、救急医療体制のサポート(ベッド管理など)が精力的に行われていたが、正確で効率的な地域連携医療を実現するためには、「カルテ」「紹介状」「検査データ」を医療機関を越えて安全に共有する仕組みが必要であった。また、患者様への直接的なITサービス(カルテの参照、書き込み、ドクターとの連絡、薬局との連携など)も必要との考えられていた。この推進事業がアナウンスされ、かねてから計画していた地域医療情報ASP構想を具体化し、宮崎、熊本両地域から各々申請を行い、幸いにも両者共に採用された。もともと技術的には双児の兄弟のような両プロジェクトであることから、地域ASPセンター、クリニック用電子カルテなどは共通利用が可能である。そこで、共通利用可能なシステムに関しては共同開発を行うこととなり、DolphinProject[1]としてスタートした。熊本、宮崎県境での人的交流も盛んなことから、将来は県域を越えた医療情報の共有を目指す。
 プライバシーを守りながら、医療情報を安全で適切にアクセス可能なシステムの構築を計画した。これを実現するために、地域に電子カルテ情報を安全に蓄積・交換する為のセンター(ASP:Application ServiceProvider)を設置し、このセンターを介して、患者様、病院、クリニック、検査センター、薬局などが情報を共有する。患者様が複数の医療機関を受診しても、カルテはセンターに統合され、1地域、1患者、1カルテが実現した。(図1)

図1 Dolphin Projectの概念図
中央のASPセンターに登録されたカルテデータを、大規模医療機関、クリニック、各種検査センター、薬局(将来)、患者様が共有することによって連携医療を実現した。センターのデータは厳格な管理下におかれ、患者様のデータを参照出来るのは、患者様自身、主治医などに限られ、個人のプライバシーを守る仕組みが実現されている。

1. 背景
(1)熊本市医療圏
熊本県の中央部に位置し、人口65万人余りを擁し、医療機関数は948で、熊本県全体(2366)の40%が熊本市に集中している。県内の公的病院の大半が熊本市に集中し、背後に阿蘇、天草、人吉など地理的に離れた地域を持つ。
(2)プロジェクト参加医療機関
大規模病院(3)、診療所(14)、検査機関(3:検体検査2、放射線診断センター1)

2. 目的
【医療情報(カルテ)の共有】
 センターサーバーに蓄積された医療情報(カルテデータ、検査データなど)を厳密なセキュリティコントロールの元に共有する。医療従事者は、診療契約関係にある患者様のカルテ情報、検査結果などを一元的に閲覧することが可能で、これにより、病病、病診連携が可能となった。患者様は、自身のカルテ内容を閲覧し、症状などを自分のカルテに記入(記録)する事も可能になった。
【地域医療情報センター(ASP)の設置】
 情報共有を実現するために、地域医療情報センター(ASP)を設置した。センターに医療情報(カルテ)サーバーを配置し、これにクリニック、大規模医療機関、検査センター、などが接続。カルテ内容、検査結果、紹介状、退院時サマリなどを送り、蓄積する。この情報は、地域での医療情報共有に利用するほか、各医療機関のカルテデータのバックアップ、改ざん防止証明の為の真正性証明サーバとしても使われる。また、センターは、ホームページ(ひご・メドポータルサイト、図2)[2]の運営、利用者登録業務などを通じて、システムの利用者(会員)である患者様への様々なサポートを行う。

図2 一般会員用ポータルサイト「ひご・メド」
非会員でもアクセス可能なページで、医療に関する情報(ニュース、医療機関検索、お知らせなど、、)を無料で提供する。センターに登録して秘密カギを交付された会員はこのページから自分のカルテにログイン出来る。

【電子カルテの開発と実験運用】
 本プロジェクトの為にクリニック用電子カルテ(クリニック用、開発コード名"eDolphin"、図3)[3]を開発した。サーバはLinux上で動くOpenLDAP、クライアントはWindows上で動くJAVAベースアプリケーション。クライアントはMac上でも動く可能性があり、これについては検討中。有する機能はカルテの記載とオーダー(処方、検査など)、予約など。eDolphinは、センターサーバと無関係に稼動することも出来るので、クリニックに閉じた電子カルテとしても使うことが出来る。

図3 電子カルテeDolphin(デジタルグローブ社製)
JAVAベースの電子カルテで、医事システムは持たず、ORCAと連携して稼動する。

【日医総研レセコン(ORCA: オルカ)と電子カルテeDolphinの連携】
 eDophinでは医事処理機能を開発しない方針をとった。医事機能は、日医総研開発のORCA[4]と連携して実現することとした。eDophinから出された処方などのオーダーはXML(CLAIM)[5]データとしてORCAに自動転送され、料金計算、レセプトの月次処理などが行われる。ORCA側では、患者受け付け処理などを除き、レセコン(ORCA)へのデータ入力のほとんどが不要となった。
*CLAIMとは、電子カルテ・医事連携の為のMedXMLコンソーシアム[6]の定めた共通規格

3. 開発システムの概要と特徴
【XMLによるオープン化】
 今回開発したすべての要素(システムやアプリケーション)は、XML(MML[7]/CLAIM)インターフェイスを装備し、互いにオープンで独立した関係を保つように設計された。これは、密結合(=特殊な結合)による、システムの排他性をなくし、近い将来、様々な電子カルテがこのプロジェクトに参入することを可能にするための配慮である(オープンインターフェイスアーキテクチャ)。この技術によって、このプロジェクトで使われる電子カルテは、当初はeDolphinだけであるが、ユーザーが増えるにつれて他の電子カルテも参入可能である。2002年12月現在で、MML/CLAIMインターフェイスを装備した電子カルテはWineStyle[8]など、複数個が出現している。また、医事システムは当初はORCAが使われるが、既存の医事システムもCLAIMインターフェイスを装備すれば接続が可能になる。あたかも市販のオーディオ装置のように、ユーザーが好みのコンポーネントを組み合わせて最適な医療情報システムを構築し、かつ地域医療との連携も可能になる。

【クリニック用電子カルテeDolphin】
サーバはLinux上で動くOpenLDAP、クライアントはWindows上で動くJAVAベースアプリケーション。機能はカルテの記載とオーダー(処方、検査など)、予約など。
 診療録データはクリニックのローカルサーバに蓄えらるが、そのコピーがXML(MML)に変換され、センターサーバーに送られる。また、eDolphinで発行されたオーダーはXML(CLAIM)データとしてORCAに送られ、医事処理が行われる。ORCAからは、患者基本情報、受付情報などが、XML(CLAIM)で送られ、eDolphinに取り込まれる。
 eDolphinは、自施設のカルテデータを参照するだけでなく、センターにアクセスして他施設で書かれた患者様のカルテを参照することも出来る。ただし、アクセス範囲は自施設を受診した患者様のデータに限られ、関係のない患者様のデータを参照することは出来ないようになっている。これらの機能によって、1患者1カルテが地域で実現することになり、重複処方防止、多重検査の防止も可能となり、診療上、大変役に立つシステムとなるだろう。
 eDolphinは、電子カルテアプリケーションやデータベースの他、各種のマスターなどで構成されるが、例えばバージョンアップやマスターの改定などがあった場合、ASPセンターから自動的に更新され、煩わしいアップグレード作業などを意識しないで良い様に設計されている。

【センターサーバーシステム】
 データベースエンジンとしてCache(M言語)[9]を採用した。システムはXML(MML)インターフェイスを持ち、接続された医療機関などから以下のデータを受け取る。
1)クリニック電子カルテ(eDolphin)から出される電子カルテデータ
2)検査センターから出される検査結果
3)放射線画像診断センターから出される画像診断レポート
4)地域基幹病院から出される退院時サマリ、電子カルテデータ
5)患者様、医師、薬剤師などが、Web電子カルテ経由で直接書き込むカルテデータ
受け取ったXMLデータを解析してデータベースに取り込み、検索要求に応じて結果をXML(MML)に変換して送り返す。

【センターサーバーHTTPインターフェイス】
 通常、カルテデータは、一旦データベースに収められた後、電子カルテなどのアプリケーションでデータベースを参照することになっているが、電子カルテなどの特別なシステムを持たないユーザー(主として患者様など)のために、手持ちのWebブラウザ(インターネットエクスプローラ、ネットスケープなど)でアクセスが出来る様に、HTTPインターフェイスを装備している。患者様や、電子カルテなどのシステムを持たない医療機関の職員は、自宅や病院のパソコンから、ホームページを見る感覚で、電子カルテにアクセス(読み書き)が出来る。(図4)

図4 Web電子カルテ
患者さん自身が自宅や出張先からアクセスするための仕組みである。その他、電子カルテなどを装備しないクリニックや、病院などからのアクセスにも利用出来る。

 

【セキュリティコントロールシステム】
ユーザー認証、ネットワーク暗号化、アクセス制御などの組み合わせで、診療情報を安全で適切に取り扱うシステム。
ユーザーがセンターにアクセスする際、センターが発行した秘密カギとアカウント、パスワードによるユーザー認証を行い、経路はSSL、VPNで暗号化し、盗聴不可能とした。また、カルテ文書(病名、検査結果、各種報告、経過記録などMMLのモジュール単位)ごとにアクセス権を設定し、個人情報の参照を厳格管理する。この結果、例えば患者AがX医院に通院している場合、患者Aのカルテを見ることができるのは患者本人とX医院の職員のみということになる。その後、AさんがY医院にかかった場合は、X医院で作られたカルテも含めてY医院の職員はAさんのカルテが閲覧出来る。このように、厳格に診療契約関係にあるか否かを管理しつつも、地域で統合された個人のカルテが作られることになる(1患者、1地域、1カルテ)。

4. 運用の概要
 運用には、クリニック14施設、大型医療機関3施設、検査機関等3施設が参加している。
1)電子カルテセンターの運用
 センターでは、各種サーバの運用の他、利用者登録、秘密鍵の発行などを行っている。センター機能としては、電子カルテデータの保存と配信、セキュリティ機能、データのバックアップ機能、ポータルサイト機能、Web電子カルテ機能などがあるが、当初の設計通り順調に機能し、特別な問題は発生していない。レスポンスの高速化は平成14年度(平成15年3月)に完了し、Web電子カルテが実用レベルに入った。

2)電子カルテeDolphinとレセコンORCA
 クリニックでは電子カルテeDolphinとレセコンORCAを使い、地域連携の承諾を得た患者様のデータを入力。ORCAでの計算結果と、現在使用中の他のメーカーのレセコンでの計算結果の比較なども検証した。結果は一致し、実用上本質的な問題はなかった。
 eDolphinでは、カルテの記載機能、オーダー発行機能、レセコン連携機能、センターとの通信機能など、当初の設計通りに稼働した。特に、レセコンとの連携は実務上大変重要な意味を持つが、これもほぼ実用レベルに達しており、現在、特に大きな問題は生じていないが、クリニックのユーザーからのアンケート結果によると、地域連携サーバの参照時、処方、検査などのオーダーの際などのレスポンス、オーダーの使い勝手など、改良の余地が多々あることが判明したので、平成14年度の事業計画の中でブラッシュアップを行った。すでに宮崎地域では最新版のインストールが終了し、熊本地域でも5月にアップデートの予定である。

3)連携医療・カルテ開示の仕組み
Dolphinプロジェクトの最大の特徴は、XMLを用いることによって、異なるシステム同士で、地域レベルでカルテデータの共有が可能になったことである。電子カルテを使った地域レベルでの統合カルテの参照、Webを使った統合カルテの参照など、画期的な機能を持つに至った。アンケートによると、実証実験前と実験後では、地域連携という点で、その有用性に関する認識が10ポイント以上上昇しており、実際に使ってみてその便利さ、意義の深さが認識されたと思われる。また、患者様自身からも、自分自身、あるいは家族(子供)などの診察結果や検査結果が、当日に自宅から見ることが出来るのは、想像を超えた利便性を実感させられ、ある種、感動的でさえあった、との報告が寄せられている。

5. 運用と実用化方針
 熊本地域ドルフィンプロジェクトの実証実験は、平成14年1月で終了した。アンケートやヒアリングの結果、当初目標のレベルに十分達していることがわかった。また、今後、通常の業務に十分使えるという感触が得られたので、平成14年2月以降も継続して運用することになった。

5.1 運用方法
1) センター
 カルテデータの蓄積と交換の為のシステムを継続して運用することはもちろんであるが、ポータルサイト「ひご・メド」のコンテンツなどを、参加医療機関の協力を得ながら作成している。また、より多くの患者様に利用者となっていただくよう、ポータルサイトの宣伝に努めている。利用者登録業務の他、講習会などを開催し、一般ユーザーの教育も大変重要な業務として位置付けている。追加したサービス機能は「ダイエットマラソン」などである。
2) クリニック
 参加診療所には継続して電子カルテを利用してもらい、定期的にシステムの改善点などについての意見を集めている。これを元に、システムのブラッシュアップを行い、実用に耐えるレベルまで機能を高める努力を行った。平成15年3月までに、電子カルテeDolphinのブラッシュアップを完了。最新版のORCAとの接続も完了し、実用レベルに達した。

5.2 今後の実用化計画および問題点
1) 電子カルテeDolphin
 現在の14診療所での継続使用の過程で蓄積するノウハウ、改善要求などを元に、現行プログラムのブラッシュアップを行った。平成15年度からは有償のシステムとして運用を開始する予定であったが、有償化は平成16年度からとすることになった。

2) 医事システムORCA
 現在、電子カルテeDolphinとのXML(CLAIM)接続が簡易型であるため、性能に問題を残していたので、平成14年度末に、最新版のORCAに変更した。
3) 電子カルテ、レセコンのマルチベンダー化
 このプロジェクトでは、様々なシステムとの相互接続性を高めるためにXML(MML/CLAIM)を採用した。このメリットを生かして、eDolphin以外の電子カルテも本プロジェクトに採用する予定である。現在、電子カルテWineStyleがORCAとの接続に成功している。また、ORCA以外のレセコン(富士通)も参入し、すでに宮崎地域では稼動している。システムのマルチベンダー化という夢のパラダイムの第一歩を踏み出した。
4) センターシステム
 基本的には、現バージョンで実用上問題はないが、セキュリティシステムの処理性能向上、Web電子カルテの使い勝手の向上などに問題を残していたので、平成15年3月にプラッシュアップを完了した。
5) データの取扱い:医療機関のもの?患者さんのもの?
 最近、熊本大学病院で治療を受け、退院後本システムを利用している患者さんから「私がサービスを不要と判断したら、私のデータを全て消去して下さいますか?」という質問を受けた。現在のシステムでは、医療機関から発生する「カルテデータ」を、医療機関と患者さんが共有している。この仕組みは、共有の他、医療機関のための「バックアップ」であり、「真正性証明」のためのデータでもあり、業務的性格も同時に持っている。このため、患者さんの都合で消去されると大変不都合が生ずる。従って、今後「業務のためのデータベース」と患者さんの「個人的な診療記録」を明確に分ける必要があると考えられた。具体的な方法はまだ煮詰まっていないが、何らかの対応が必要であり、今後の重要な課題であると思われた。

おわりに

XML(MML/CLAIM)を用いて異なるシステム間でのデータの互換性を実現し、その結果1地域1患者1カルテを実現した。この画期的なオープンシステムをインフラとして最大限に利用して、地域での連携医療を通じて、医療の質的向上に寄与したいと考えている。

【参考情報】
1) ドルフィンプロジェクトホームページ:http://www.kuh.kumamoto-u.ac.jp/dolphin/
2) ひご・メドポータルサイト: http://www.higo-med.jp/
3) 電子カルテeDolphin開発サイト(デジタルグローブ株式会社):http://www.digital-globe.co.jp/
4) 日医総研、ORCA開発サイト: http://www.orca.med.or.jp/
5)電子カルテ/医事システムインターフェイス規格「CLAIM」:http://www.medxml.net/claim21/
6) MedXMLコンソーシアム: http://www.medxml.net/
7) 電子カルテ情報交換規格MML:http://www.medxml.net/mml30/021115.html
8) 電子カルテWine Stileホームページ:http://www.kiwamu-dennou.co.jp/
9) Cache(M言語)開発元InterSystems: http://www.e-dbms.com/