2006.5.27
【はじめに】
1994年に電子カルテ研究会で語り合った「日本のどこに行っても自分のカルテが一つに見える」という究極の目的を可能にするためには、クリアすべき2つの課題がありました。
(1)データレベルでのカルテ共通化
(2)ナショナルレベルでデータの所在を管理する方法
最初の課題、「カルテの共通化」については、2000年に共通データ規格MML(Medical MarkupLanguage)[1]として実現、2001年にDolphinProject[2]でMMLの実装(地域医療情報センターの設置)を行い、その実用性を実証しました。
残された課題「ナショナルレベルでのデータの所在管理」については、2006年4月にSuperDolphinとして開発/実装/稼動しました。これは、NPO日本医療ネットワーク協会と京都大学の共同研究によるものです。
【開発の歴史】
MML
「データレベルでのカルテ共通化」については、1995年にMMLと命名してSGMLベースで検討を開始。その後2000年にXML規格としてリニューアルし、NPOMedXMLコンソーシアム[3]がその開発・普及を担当。2001年にはMML2.3。2003年にはHL7V3CDARel.1に準拠したMML3.0を発表。すでに、多くのシステムで実装されています(実装システムリスト[4])。
Dolphin Project
2001年頃から、MML、HL7を使った地域連携医療のためのデータセンターを立ち上げる気運が高まり、経済産業省の研究事業をきっかけに、宮崎、熊本共同研究で「ドルフィン・プロジェクト」として医療用データセンターの開発が行われました。これは、地域医療情報センターに、患者さんの口座を開設し、患者さんが診察を受けた医療機関で作られたカルテをXML(MMLやHL7など複数の形式)に変換して登録するという仕組みです。その結果、1地域1カルテが実現し、患者さん自身の閲覧(開示)、連携医療にそのデータを使うことが可能となりました。宮崎(はにわネット)[5]、熊本(ひご・メド)[6]が立ち上がり、その後、東京(HOTプロジェクト)[7]、京都(まいこネット)[8]と、ドルフィンのリソースが転用され、各地に拡がって行きました。Super Dolphin
ところが、この仕組みでは、カルテの統合は1地域に限定されることになり、例えば患者さんが他地域に引っ越したり、県域を越えた医療機関にかかった場合などには対応出来ません。そこで、県域を越えて分散したカルテ情報の統合の仕組みが必要になります。これは1994年の命題「データの所在を管理するシステム」にほかなりません。そこで、この問題を解決するための組織「NPO日本医療ネットワーク協会[9]」が2005年9月に立ち上がりました(東京都認定NPO)。この組織の目指すものは、各地の地域医療情報センターを結ぶ、国レベルの医療ネットワーク化であり、日本の医療ITインフラ作りとも言えます。
【Super Dolphin--機能概要】
図1に示すように、SuperDolphinは各地の地域医療情報センターを結ぶスーパーサイトとして位置付けられます。地域医療情報センターとの間は、JGN2[10]を使って接続され、セキュリティを高めています。その主な機能は以下の通り。
1)スーパーディレクトリ地域医療情報センターに散在する患者さんの地域IDの所在管理機能。患者のID情報のシームレスな統合を実現します。例えば、Aさんが宮崎センターと京都センターにアカウントを持っている場合、スーパードルフィンセンターにその旨申請をし、登録します。スーパードルフィンセンターは、ユニークな内部ID(公表しない)を作り、その配下に宮崎センター発行患者IDと京都センター発行患者IDをリンクさせて管理します。地域センター施設IDも同時に管理します。これはMedXML発行のOIDを使います。スーパーIDと地域センター発行IDなどのリンクのみを管理し、具体的な氏名、住所等の個人情報は取り扱いません。これはDNSと同じような考え方で、さらに上位のディレクトリを作れば、国際的な情報管理が可能となります。
SuperDolphin 発行患者ID
├宮崎センター発行患者ID, 宮崎センター施設ID
├京都センター発行患者ID, 京都センター施設ID
├ ・・・・
下位地域医療情報センターからの問い合わせに応じて、他のセンターにもIDを持っているか検索し、スーパードルフィンが代理で他のセンターにアクセス、該当患者のカルテを取得し、問い合わせ元に送信します。2)規格間翻訳(Data Mapping)
スーパードルフィンに接続してくる地域サイトは、必ずしもMMLを使うとは限りません。HL7もあるでしょうし、JMIXかも知れない。現にドルフィンプロジェクトでも、MML2.3とMML3.0を混在して使っています。MML3.0は御存知のようにHL7V3 CDARel.1に準拠していますので、HL7であるとも言えます。HL7の世界でも、実際に使用されている規格は多様で、実用的には規格間の翻訳(datamapping)が必要となります。
今回の実証実験では、宮崎サイトがMML2.3、京都サイトがHL7 V3 CDARel.1(MML3.0)を使っていますので、スーパードルフィンを経由して、自動翻訳が行われ、両サイトで違和感なくシームレスなデータ参照を行うことができるか?が焦点となります。
図1 地域医療情報センターとSuper Dolphinの関係。
世界標準EBXMLプロトコルを使えば、ドルフィンプロジェクト以外の地域サイトも接続し、スーパーディレクトリ、データマッピング機能を利用できる。
【実験条件】
1)地域サイト
宮崎データセンター(haniwa):MML2.3を使用
京都データセンター(maiko):HL7 (MML3.0)を使用2)上位サイト: SuperDolphinセンター
3)経路:両地域サイトと上位サイトをJGN2で接続。医療機関から地域サイトへはインターネットを使う(図1)。
4)患者データ:
両地域サイトに、同一人物のIDを各々設定(当然IDは異なる)。
宮崎サイト登録:池江佳己(ID: 99010000025)
京都サイト登録:池江佳己(ID: 2606000002228)
この2つのIDが同一人物である事をあらかじめSuperDolphinサイトに登録しておく
haniwa登録データはMML2.3形式
maiko登録データはHL7 V3 CDA rel.1(MML3.0)5)検索:
一方の地域サイト(例えば、京都maiko)からmaiko登録IDをキーとして患者カルテを検索。
京都側医療機関 → maiko → SuperDolphin →haniwa の経路で自動検索。
haniwaの結果を翻訳し(MML→HL7)、逆の経路でHL7形式でmaikoに返す。
maikoでは、両地域サイトのカルテデータがマージされ、ユーザーに呈示される。
図2 宮崎(はにわ)センターに、池江佳己(ID:99010000025)でアクセスし、文書リストを取得した画面。リストには、京都(まいこ)センターの文書が6つ含まれているのが判る。
図3 図2のリストから文書を表示させた画面。宮崎サイトはMML2.3を使っているが、DataMappingが機能しているので、まいこ病院作成文書(HL7)も正しく表示されているのが判る。
図4 京都サイト(まいこセンター)に、池江佳己(ID:2606000002228)でアクセスし、文書リストを取得した画面。リストには、宮崎(はにわ)センターの文書が2つ含まれているのが判る。
図5 図4のリストから文書を表示させた画面。
【この実験成功の意味するもの】
1)個人の持つ複数の異なるIDの統合(名寄せ)
複数の地域サイトに分散された同一患者のデータを、見かけ上一つのカルテとして表示出来ることが実証されました。
2)Data Mappingの有用性
地域サイトごとに異なるデータ形式(MML, HL7,JMIXおよびそのバリエーションなど)を使っていても、上位サイトの翻訳機能(DataMapping)で問題なく統合/連携が可能であることを示した。
工業製品のようなシンプルな世界でも、世界でデータ規格を「唯一」とすることが事実上不可能であることは、歴史的に良く知られた事実です。医療のような「人間」の領域を扱う世界では、さらに困難なことです。規格論争はそろそろ終わりにして、事実上使われている「有力ないくつかの規格」を使い、これらをうまく相互翻訳(mapping)して実用的に使う。発想を変えることが必要です。
【参考情報】
1) MML (Medical Markup Language) :http://www.medxml.net/mml30/
2) ドルフィンプロジェクト: http://133.95.89.5/dolphin/
3) NPO MedXMLコンソーシアム: http://www.medxml.net/
4) MML実装システムリスト:http://www.medxml.net/case/case.html
5) はにわネット: http://www.hania-net.jp
6) ひご・メド: http://133.95.89.5/dolphin/
7) HOTプロジェクト:http://www.ocean.shinagawa.tokyo.jp/hot/index.html
8) まいこネット: http://www.e-maiko.net/
9) NPO日本医療ネットワーク協会: http://www.ehr.or.jp/
10) 独立行政法人情報通信研究機構:http://www.jgn.nict.go.jp/
【謝辞】
SuperDolphin設計、開発、実装、最終試験に御協力いただいた、(株)C.A.Iシステム、NTT西日本(株)、(株)インフォテリア、(株)日本ダイナシステム、宮崎医科大学、京都大学、NPO京都地域連携医療推進協議会、宮崎健康福祉ネットワーク協議会、NPO日本医療ネットワーク協会の皆様に深く感謝致します。