在宅医療におけるIT利用の効果
−職種間コミュニケーションを中心に−
秋山 美紀1・三原 一郎2・長谷川 典子3
慶應義塾大学 政策・メディア研究科講師、鶴岡地区医師会 情報システム管理委員会 監査人1
山形県鶴岡地区医師会副会長2・
鶴岡地区医師会訪問看護ステーション所長3
Effect of ICT in Homecare −an analysis on team communications
Miki Akiyama, Graduate School of Media and Governance, Keio University
Ichiro Mihara, Yamagata Medical Association
Noriko Hasegawa, Remote Nurse Station, Tsuruoka regional Medical Association
〔概要〕
山形県鶴岡地区医師会が構築したASP型の診療情報共有システム「Net4U」も、運用開始から5年が経過した。登録患者者数は、現在も毎月100名以上のペースで増加しており、総登録患者数は8237名(2006年5月2日現在)に達している。このうち2割強の患者情報が実際に複数の施設間で共有されており、地域の医療連携ツールとして確実に定着し、効果を発揮している。特に在宅医療において、かかりつけ医、訪問看護師、慢性期リハビリ病院、専門医など多施設他職種の円滑かつ質の高い連携を図る上で、欠かせないツールになりつつある。今回は、在宅ケアを行う主治医と訪問看護師の情報共有やコミュニケーションに、Net4Uがどう利用され、どのような効果を上げているのか、調査結果を報告する。
〔背景と目的〕
在宅医療、特に多職種チームによる連携は、昨今の医療制度改革の方向性、そして今年度の診療報酬改訂の内容を見てもより政策的に重要度を増していることが伺える。
そんな中、訪問看護師は、個々の利用者ごとに、治療方法も考え方も異なる医師達との関わりがあり、医師との情報共有や意見交換は、一医療機関内と異なり困難だという現状がある。ITや情報ネットワークは、こうした組織や職種をコミュニケーションの改善に貢献することが期待されている。しかしながら、全国的に各地で構築されてきた地域医療ネットワークは、医師同士が患者紹介することを目的としたものがほとんどで、医師以外の職種が日常的に参加して運用が継続している事例はわずかしかない。そもそも、在宅ケアにおける主治医と訪問看護師のコミュニケーション、情報伝達やフィードバックが、どのようなタイミングでどのメディアを用いて行われているのかという実態調査は不足している。
そこで本研究は、医師と医師以外の職種が参加して運用が3年以上にわたって継続している地域医療ネットワークの先端的事例として、山形県鶴岡地区の「Net4U」に注目し、そこで在宅ケアにあたる主治医と訪問看護師のコミュニケーションの実態を明らかにするとともに、ITネットワークの在宅ケア・主に訪問看護における効果を検証することを目的とした。
〔方法〕
鶴岡地区医師会訪問看護ステーション「ハローナース」の利用者(在宅患者)について、平成16年4月〜17年6月までの記録を調査した。調査サンプルは、Net4Uで主治医と訪問看護ステーションとで患者情報が共有されている患者20名と、対象群として共有されていない患者20名の計40名で、介護度、訪問回数、装着器具等の条件を極力コントロールして抽出した。これらの患者の訪問看護にあたり、訪問看護師と主治医の間の情報伝達に、電話、FAX、Eメール、対面、Net4Uのどの方法がどのような頻度で行われてきたかを、看護記録や、FAX、Eメール、Net4U等の記録から収集した。さらに、医師5名、訪問看護師10名を対象にインタビューを行うことで、定量的データの補足を行った。
〔結果〕
本調査の結果、[訪問看護師→医師]、[医師→看護師]の両方向において、Net4U群の方が圧倒的に情報伝達の回数と情報量が多いことが示された。メディアの内訳としては、電話と対面においては両群にそれほど優位差は見られなかったものの、電子メールとNet4Uの利用において、著しい差が見られた。特に、[医師→看護師]の情報の流れは、非Net4U群については月一回の紙の指示書以外にほとんど存在しないのに対して、Net4U群については、医師が往診や処方をする度に、その情報が訪問看護師に届くという大きな違いが見られた。[訪問看護師→医師]のフィードバックは訪問の都度ではないものの、Net4U群は対象郡の5倍の頻度で情報伝達が行われており、特に皮膚疾患等をデジタルカメラで撮影した画像について著しい差が見られた。
この他、Net4U群については、FAXの代替としてEメールが、1対1のコミュニケーションメディアとして用いられていることも示唆された。
〔考察〕
緊急性やアクセス可能性に応じて、電話やFAX、紙、電子メディアや対面といった手法が使い分けられているが、総合するとNet4U患者群の方が、看護師と医師間のコミュニケーションが頻繁であり、処置のタイミング等についても質的向上がみられた。この理由として、互いに、訪問や往診時の記録を常日頃から参照できることに加えて、コミュニケーションメディアの選択肢が増えるためにフィードバックがしやすくなることが挙げられる。さらに看護師に対するインタビューからは、患者についての理解、判断への自信、患者の安心感等、看護の質や業務に対するモチベーションの向上にも寄与していることが示された。さらに、Net4U群については主治医と訪問看護師以外に、他科専門医やリハビリ作業療法士等が情報共有に加わっているケースも多く、多専門家によるチーム医療と情報共有が行われていることが示された。
〔参考文献〕
三原一郎、秋山美紀、「Net4Uによる地域医療連携−運用で見えてきた課題」『Digital Medicine』 Vol.5, No.6, 2005.